どんまい

いろいろあるけれど、それでいい

いたみを抱えた人の話を聞く

 医学部の学生が、私の仕事内容について説明を訊いたあとに、感想になってしまうんですけど、困りました、と言った。感想で、困った、と言われたことが初めてで、感想を訊いたあとも、その余韻が残っている。なぜ、その学生が困ったかというと、私は、一人を大切にすることに価値を置いているからで、自分ではできそうもない、そんな感じのことを続けた。

 近藤雄生・岸本寛史『いたみを抱えた人の話を聞く』を読みながら、その学生のことを思い出していた。

 緩和ケアセンターに勤めている医師の岸本さんが、どのような考えの下で、患者さんと向き合っているのかという本だった。岸本さんが大切にしているのが、個だった。

 エビデンスについて語られるくだりを読みながら、エビデンスを提唱したサケットは、個別の状況のほうがエビデンスよりも優先されるべきと言っていたと知り、驚きだった。エビデンスの重要性が浸透していくなかで、個別性の大切さが、どこかに行ってしまった。そのことを知っている人は、どれくらいいるのだろうか。

 野村監督のID野球を思い出した。データに基づいた論理的な野球。科学的な野球。たぶん、そこばかりがフィーチャーされているが、野村監督は、選手に、自分の経験に基づいた直感でプレーすることも大切だと、伝えていたということを雑誌で読んだことがある。

 医学部の学生に、木と森と地形の話をした。木を見れないと森を見れない。ただ、木と森を見るだけでは不十分で、さらに地形を見ることも必要だと思う。地形を見ているからこそ気づけることがある。だけど虫の目だからこそ気づくこともある。困りましたの返答には、的外れだった。そもそもその学生が、エビデンスの話をしていたとも限らない。限られた診療時間のなかで、ひとりひとりにそれほど時間をかけられるかという問い。どうしたら良いのかわからないけれど、私は、ひとりに価値をおいたからこそ、後々、語りたくなるエピソードが増えた。ひとりに価値をおきたいけれど、現状が、という葛藤。考え続けよう。