どんまい

いろいろあるけれど、それでいい

今までで一番おいしかった食べもの

「今まで一番おいしかった食べものは何?」

「んー、生茶……ですかね」

「え?」

 中学二年生の女の子に好きな食べものを尋ねたときの会話なのだが、生茶は食べものなのか。生茶はコンビニなどで売っているお茶の商品名である。彼女はその後にこう続けた。

自動販売機で生茶をはじめて買ったんですよー。そしたら、うまっ?と思って」

石川直樹『地上に星座をつくる』p216

 

 冒頭の会話でぼくが絶句したのは、はじめて生茶を飲んだ時のことなんて忘れてしまっていたからだ。そんな記憶に残っていない、新しい何かとの遭遇を繰り返して人はおとなになっていく。歳をとればとるほど、新しい何かは少しずつ減っていき、知っているつもりのことが多くなる。彼ら彼女らの会話や反応を間近で見ていると、自分が未知の世界と出会った瞬間の新鮮な感覚がわさわさと思い起こされた。

石川直樹『地上に星座をつくる』p218-219

 

 石川直樹が醸し出している雰囲気によるところなのか、中学生の返答が自然体で良いな、と思った。私だったら、他所行きの言葉を話してしまうかもしれない。自分をよく見せようと無意識に言葉を発しているような気がする。

 それにしても生茶という回答が良い。私がはじめて食べて、うまっ、と思った、山頭火のしおラーメンを思い出した。

 こうして日記を公開していると、私がこの文章はよく書けた、力作だと思う文章と読者の方の反応が一致しない。案外、自然体の、何気ない日常が良かったりするのかもしれない。

 石川直樹『地上に星座をつくる』も終わりにさしかかった。コメダの隣の席に座る女性3名は、何気ない日常の、夫婦のやり取りを話していた。

 私が居間で寝ているところに夫が帰宅して、夫は、私が死んでいると思ったのか、必死で起こしたと笑っていた。

 私は、聞くとは何にそんな話を聞きながら、気づいたら、コメダで眠っていた。