北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

出会うということ

休みの日は家で何してるの?最近、よくする質問。”家で”と限定的な質問になっているためか、すぐに返事が返ってくる。そんな会話をしていると、部下が、すすめてくれた映画が、グッド・ライ。amazon primeで無料になっているということで、amazon primeを開いたら、たまたま目についた鬼滅の刃を見てしまい、その後、kindle unlimitedで読書をしたりなんかして、グッド・ライに、やっとたどり着いたのがGW。 

 

 

スーダンで内戦があり、家族を失った子供たちが、命からがら難民キャンプに辿りついて、アメリカに移民するという物語。

 

すすめてくれた部下は、大学時代に外国でボランティアをしていた経験もあって、将来やりたいことのいくつかのなかには、映画に登場するような人たちに対してのものなのか、と思いながら見た。

 

私は、遠い国より身近にいる人に手を差し伸べる方が先じゃないという考え方だったのだが、映画を見ながら考え方が変わった。もしかしたら、私は知らず知らずのうちに、そんな人を否定してしまうところだった。

 

日本にもいろんな課題があるが、食べるのも、眠るのも、困らない。世界には、何日も食べ物にありつけない人や、安心して眠ることができない人もいる。日本という枠だけではなく、人類という枠で考えれば、より困っている人を先に助けるべきなのではないか、という考え方もわかる。

 

スーダン出身の4人は、アメリカに渡り、これまでの生活との違いに戸惑う。電話を見るのも初めてだし、スーパーで働くのも、工場で働くのも初めて。アメリカ人から見ると、奇異にうつる彼らの行動も、スーダン人の彼らの視点に立てば、スーダン人の方が人として、当たり前の感覚なのではないだろうか、ということに気づかされる。その人の生きた歴史を知らなければ、知らなければというか、知ろうとすることが大切なことなのではないか、と改めて思った。

 

そして、支援する側は、困っている人を助けていているという上から目線というか、自己満足になっていはいけないな、と、時にその人たちの人生の邪魔者になってしまうこともありうるな、と思った。

 

最近、私が大切にしているのは、まず出会うということ。出会い、その人の物語を感じ、自分にできること、自分のすべきことを考える。こうして映画で知ったり、本で知ったりすることから始まることももちろんあるけれど、まずは人と出会うことから、全てが始まると思っているというか、大切にしている。