どんまい

いろいろあるけれど、それでいい

価値観をおしつけないでください。

 友達と飲んできました。その時の話です。会話の中で「じゃあ早くやればいいじゃん!いつも口ばっかりで何も挑戦してないよね!」と女が男を激励したんです。聞いたことのない声の震わせ方で。聞いたことのない語気の荒げ方で。もう、その言い方が独善の権化のようで。女の方は考えるよりも先に足が動くタイプで、わかりやすい挑戦心を全面に出す点は尊敬できるのですが、それこそが、思考よりも挑戦することこそが正義であると言わんばかりに言葉をぶつけていて。これを言うことが相手のためになるに違いなたいというマスターベーションにすら見えてしまう光景であり、相手の美学や流儀を省みたいままに議論を吹っ掛ける浅ましさ、よく喋るタイプのコミュニケーション障害もあるんだろうなと思ってしまうほど破綻した対話に、その女の方と今後は距離を取ろうと思ってしまった訳です。大好きな友達だったんですけどね。『ティンダー・レモンケーキ・エフェクト』p40

 『ティンダー・レモンケーキ・エフェクト』のこの部分を読んでから、自分には、そんなところはないか、私の考えを部下に伝えている時点で、価値観の押しつけになっているのか、私の考えを伝えなければ、それはそれで不具合が生じるよなと、頭の中で、右往左往している時に、私の部下が業務日誌に、研修を受講した感想を書いていた。

 講師の人の話し方が、考える余地があって聞きやすかった、もっと聞いていたいと思ったと言うことだった。そう感じるポイントはどこにあったのだろうか。わからない。わからないが、価値観の押しつけにならないよう、部下が持ってきたマンダラチャートを見ながら、アドバイスを下さいとのことだったので、受け取ると伝えるを分けて作ったほうが良いよだったり、なぜこのテーマに設定したの?どういうところがうまく受け取れていないと思っているの?と、話を聞きながら、その部下の良さが良さのままに活かされるように考える。

 最近、その部下と話をしていて、この部下は天才肌だと感じた。そのこだわりは、イチローみたいだと思った。イチローも、野茂も、打ち方や投げ方が、人と違った。のちに、その打ち方は、振り子打法と呼ばれ、その投げ方はトルネード投法と呼ばれた。奇しくも、イチローも、野茂も仰木監督の下でプレーをしている。仰木監督だったからなのか、仰木監督ではなくても、イチローイチローとなり、野茂は野茂のまま活躍できたのか。私も、そんな天才肌を活かせるような人でありたい。