北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

お金の学校

noteで掲載されている坂口恭平『お金の学校』がおもしろい。余すところなく、経験してきたお金の話をしてくれている感があっておもしろい。

 

お金の学校では、坂口恭平さんの収入が書かれている。書いてくれている。有名人の収入を知る機会ってないから、いや、有名人だけではなくても、他人の収入って、知る機会がないから、それを知るだけでも、これまで経験してきたことを伝えようとしてくれているのだろうな、と、伝わってくる。

 

お金の学校では、noteで無料で読める。いや、入学金は10万円かかるので、10万円かかるが、払うか払わないかは自由。実際、払っている人もいて、私は、10万円を払うことができないが、お金を払いたくなる気持ちはわかる。これは無料で読むのは申し訳ないという内容であるし、量である。

 

だからというか、手元に置いておきたくて、私は、本を予約した。自費出版のような形で出版されるので、amazonにも、楽天でも予約はできない。坂口恭平、お金の学校と検索したら出てくる。買おうかなあ、どうしようかなあ、と迷っていたら、売り切れになっていて、売り切れになると、ああ、買えば良かった、と後悔の念とともに、どうしても欲しくなる。だから、たびたび、坂口恭平、お金の学校と検索して数日が経ち、昨日、販売されていて、心躍った。たぶん、今なら、まだ買えるのではないかな。

 

お金の学校には、たびたび、「流れる」という言葉が出てくる。もっとも重要なキーワードのような気がする。

 

流れるって、野球にも流れという言葉があるなあ、と思い出しながら読んだ。野球を数十年、やってきたが、流れの根拠がわからない。ただ、野球界隈では、誰しもが疑いようもなく、流れですね、という。

 

そういえば、高校野球で、ベンチの選手たちが、守備から戻ってくる選手たちに、過剰にハイタッチをして、声を出しているというか、テンションを上げている場面を見ながら、これも流れを作るひとつのアクションなんだろうな、と眺めた。

 

そう書いていていると、声を出すことで、自分の力を引き出す効用があるのかもしれないということに気づく。高校野球をしている時は、理由なんて考えもしなかった。とにかく声を出せ、声を出していなかったら、怒られた。

 

野球を離れた今も、時々、流れが悪いなあ、と使うことがある。流れが悪いというか、調子が悪いというか。では、流れている。調子を良くする、にはどうしたら良いか、と考えると、お金だけではなく、坂口恭平『お金の学校』に言及されていることだと気づく。経済の語源の経世済民の話だったり。

 

流れるといえば、仕事で、流れていないなあ、というか、詰まり気味だなあ、と思う業務を見直しをしないといけないと、最近、考えている。これまでも意味のないと思うことはやめ、時間がかかっても必要なことは追加した。どこを削り、どこに負荷をかけるか、というか。そして、やりっぱなしではなく、時々、メンテナンスというか、振り返り、修正を加える。今年も残り3ヶ月だし。新年になれば、次年度のことも考えないとならないし、今年のうちに流れるようにしておくことは必要なのかもしれない。

 

働いていると、自分のお金のこともそうだし、会社のお金のことを考える機会というのは、ある。『お金の学校』でも書いてあるように、お金って生きていく上で、大切なことなのに、ほとんど学んでこない。算数・数学のお金の計算くらいなもん。そう考えると、若手職員に、経営とは?と、自分が話をしているのも、何だかおこがましい。

 

note.com

 

坂口恭平、お金の学校と検索している時だったか、坂口恭平さんがインタビューされている記事を読んだ。僕の教えを守って実践すれば、誰しもが天才になれるという話で、これも余すところなくというか、出し惜しみなしで、伝えてくれている感じがした。毎日、ブログを書こうと思った。

 

流れるためにも。流れるかどうか確かめるためにも。

 

www.asahi.com