北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

ハンドレッドが、ハンドレッドが、

毎週金曜日にNetflixで更新されるハンドレッド・シーズン7を楽しみに過ごしていた。

 

これまで観てきたSFで一番おもしろいのではないだろうか。いや、断トツ1位。Netflixの人気1位の常連は、愛の不時着。なぜ、ハンドレッドが入らないのか?あまりにも種類が多くて、出会うことすらできていないのではないだろうか?

 

なぜ、ハンドレッドは、おもしろいのか?それは、想像を超えるからかもしれない。最近、職場の内部研修で、魅力的なサービスとは、どのようなサービスか?という話をしていて、感動を与えることができるのは、想像を超えることだと、話をしている。

 

客観的指標と主観的指標があって、客観的指標は、ニーズ、法令遵守、リスクマネジメント、感染予防など。主観的指標は、経験、勘、倫理観、道徳、美意識など。私の分野だけかもしれないけれど、科学的根拠を大切に仕事をするのがもてはやされた。確かに科学的根拠に基づいたサービスを提供することは大切なのだけど、科学的根拠に基づいたサービスというのは、客観的指標であり、客観的指標は、マイナスをゼロにする指標で、できていて当たり前というか、客観的指標だけでは、感動を与えられるサービスは提供できない。そこで必要なのが主観的指標。感動を与えるには、魅力的なサービスを提供するには、客観的指標と主観的指標を行ったりきたりする必要がある。

 

ハンドレッドの話だった。ハンドレッドは。想像を超える。しかも、かなりの頻度で。途中から、その超え方にも慣れてくるんだけど、シーズン7を観ながら、まじで・・、と声を出して呟いてしまうくらい、想像を超えまくってくる。そうなると、心が動くというか、乱高下するというか、そんな高揚感を味わうことができる。

 

これまでも、これ以上の話がないだろう、というところで、次なるシーズンに突入していったので、今回も、もしや、続きがあるのではないか、とネットで検索すると、ファイナルシーズンと書かれているページもあったりして、やっぱり、終わるか、そうだよな、ここで終わらないと、これ以上の終わりはないだろうな、と思った。致し方ない。が、残念でならない。ここ数年の楽しみのひとつが、今、失われた。