北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

考えの違いが、考えを深める

年末年始の休み明けは、いつも、「あー、うー、あー」と言って、やる気がでないが、今回の年末年始は、それほど連休がなかったのが良かったのか、そんなに、「あー、うー、あー」とはならないから良かった。

 

久々に良い仕事だったと帰ってきた。相手の新たな一面を知ることができたから嬉しかったのか。

 

車庫のシャッターを直してもらうために大家さんに電話をして、早速、大家さんが、直しに来てくれた。仕事だったため、立ち会えなかったが、ただ、電源が抜けていただでした、と連絡が来て、本当に申し訳ございませんでした、と姿勢を正してメールした。

 

今は、保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』を読んでいる。

 

小説家が、どんなことを考えて、小説を書いているかを知ることができておもしろい。もちろん、自分と少し考え方が違うなあ、とか思うところもあるんだけど、その違いによって、自分の考えを再点検するというか、そんな過程が、考えを深めるには必要なことだと思う。

 

以下、本書の中で個人的にお気に入りの文言をちょっと抜粋してみる。

 

小説とは、”個”が立ち上がるものだということだ。別な言い方をすれば、社会化されている人間のなかにある社会化されていない部分をいかに言語化するかということで、その社会化されていない部分は、普段の生活ではマイナスになったり、他人から怪訝な顔をされたりするもののことだけれど、小説には絶対に欠かせない。つまり、小説とは人間に対する圧倒的な肯定なのだ。保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』P12

 

不登校とか引きこもりのように社会で十分に、”問題化”されている人たちを小説の題材にする人が多いけれど、そんなことをしてもそれぞれの教室にいたMさんやW君は阻害されたままだ。なぜなら、”問題化”されたものを見る視点に立ってしまったら、すでに”個”でなく社会の側についてしまっているのだから。保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』P13

 

書きあぐねている人のための小説入門 (中公文庫)

書きあぐねている人のための小説入門 (中公文庫)