北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

あなたの小説で伝えようとしているメッセージはなにか?

朝7時起床。今日は遅めの出勤なので、滝口悠生『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』の続きを読んだ。

 

文中に、中上健次の名前が登場して、そういえば、以前、テレビで、中上健次が好きだって人のインタビュー、良かったな、まだ残っているかな、と録画リストから探した。

 

北海道クローズアップ『白馬の遺言〜本屋のオヤジ久住邦晴伝〜』。2019年11月8日に放送したもの。消してなくて良かった。

 

中上健次のどこが好きかと問われ、その人は、文体、と言った。溢れる熱量の文体。書きたくて書きたくてしょうがないという感じが溢れている、と言った。

 

本の内容とかは何ひとつ語っていないのだけど、私は、中上健次を読んでみたくなった、というのを滝口悠生『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』を読んで思い出した。

 

仕事に行き、連休明けということもあり、仕事を残して、早々に帰宅。

 

アパートの玄関を開けると、猫がいつも以上に鳴いている。

 

5日間ずっと一緒にいたから、寂しくなったのか。猫にご飯をあげて、風呂に入って、私も焼うどんを食べる。最近は、ご飯より先に風呂に入るほうがゆっくりできる気がして良い。

 

滝口悠生『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』の続きを読む。

 

あなたは小説で伝えようとしているメッセージはなにか、と訊かれたので、メッセージとかは別になくて、と言うと、メッセージがない?と彼女は文字通り目を丸くして驚いた。読んでいるひとが読んでいるときにたとえばなにか関係のないことを思い出したり考えついたりするのがおもしろいし、それは結構すごいことだと思うんですよね、メッセージのやりとりというよりコミュニケーション?あとに残らない読むあいだだけの経験みたいな?滝口悠生『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』p204

 

まさしく、今朝の私だと思った。

 

このようなことを考えて小説を書いているんだと思った。たぶん、作家によって、なぜ小説を書くか?という理由みたいなのは違って、他の作家のなぜ?を訊いてみたくなった。