北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

なぜ小説が必要なのだろうか?

友達から、夏休みあるの?とLINEが来て、ないよ、と返信して、いくつかのやりとりをしていたら、最近、ものを最小限にしたくて、洋服とか買わなくなって金使わなくなったと送られてきて、ミニマリストだね、と私は返した。

 

私が知るミニマリストは、やりすぎでしょってくらいものがなくて、一見、いらないと思うものがあるほうが、豊かなんじゃないだろうか、と思っていたけれど、その友達とのLINEのやりとりから、急に片付けたくなって、仕事を終え、自宅に着いて、本棚を眺めながら、もう読まないであろう本を本棚から抜き取る作業をした。そして、何か収拾がつかなくなって途中でやめた。4月から書斎がまったく片付かない。

 

本棚の整理をしていたからなのか、なぜ、小説はあるのだろうか、と頭をよぎり、特に、フィクションを書くことに意味があるのだろうか、と思考を巡らせた。

 

フィクションで、人の心を動かすってすごいよな、と思ったところで、あっ、映画もか、と思った。絵を描く意味ってと考えながら、一見、生きていく上で、いらないと思うことは、実は、大切だったりするのかな、と結論に近づいたところで、考えることをやめた。

 

そういえば、自宅に、『作家はどうやって小説をかくのか、じっくり聞いてみよう!』という本があったっけ、と思い出し、その本を読んだら、別な視点で、小説を見れるのかなとか思ったけれど、まずは、角田光代『愛がなんだ』を先に読もうと思っている。

 

愛がなんだ (角川文庫)

愛がなんだ (角川文庫)