映画と漫画を立て続けに見続けた時期も終わり、再び、読書生活。
映画だったか、漫画だったか、どの作品だったかも忘れたが、最近、何度となく思い出す言葉がある。
あなたに起こることは、私にも起こりうる。
この言葉に出会った時は、そんなに響かなかったのに、なんか、最近、妙に思い出す。
本当、その通りだな、って。
何の作品だったかなあ。
映画と漫画を立て続けに見続けた時期も終わり、再び、読書生活。
映画だったか、漫画だったか、どの作品だったかも忘れたが、最近、何度となく思い出す言葉がある。
あなたに起こることは、私にも起こりうる。
この言葉に出会った時は、そんなに響かなかったのに、なんか、最近、妙に思い出す。
本当、その通りだな、って。
何の作品だったかなあ。
会社に就職すること、ある職業になることが目的だと、仕事に行き詰まった時に、すぐに辞めてしまう。仕事を通して何を実現したいかを考えることが大切だ、と言うような内容の話を聞いた。昨日から、ずっと考えている。
仕事を通して何を実現したいか。
社会人になりたての若者にそれを求めるのはむずかしい気がする。いや、私自身も、難しいかもしれない。あるといえばあるけれど、強く思っているかと自分自身に問えば、そこまで強く実現したいと言い切れない気もする。実現できそうな範囲で思い描いている感じもするし、もっと挑戦したいことが他にある気もする。
会社に就職することが目的、ある職業につくのが目的の人はいるのだろうか。
一つの区切りではあるし、一つのゴールだとは思うけれど、そこから、どんな職業人でありたいかと考えるのではないか。
昨日、話した中では、今の若者は、ロールモデルを持たない人が多くなったとも言っていた。果たしてそうだろうか。仕事柄、よく大学生と関わる機会があるけれど、そんな風には感じない。
今、やっている仕事が何につながっているか、どこを目指すべきかは考えた方が良い気がする。そんなに考えながら仕事はしていないけれど。
それでは、仕事を辞めたくなった若者と出会ったら、どんな話をするだろうか。
逃げることは別に悪いことではないし、仕事を辞めることも悪いことではない。逃げて、逃げて、最終的に、自分に合うと思う所にたどり着けば良いんだし、よくないのは、逃げもしないで、愚痴ばかりを言って、何も変えようとしないこと。大なり、小なり、何か変えないと。
自分にとって大切なものの優先順位は、自然と、自分の中に出来上がった。社会人なりたての頃は、仕事の占める割合が大きかったけれど、今は、仕事よりも大切になものが、いくつかある。よって、その大切にしているものを大切にするために、仕事を変えることはそんなに抵抗がない。
最近、有効だなと思ったのは、言語化すること。特に書き出して視覚的になぜ辞めたいかを把握すると、また漠然と辞めたい、辞めたいから抜け出すかもしれない。
仕事を辞めたくなった若者と出会ったら、どんな話をするかはもう少し考えてみよう。
それが何歳の記憶かは定かではない。
おそらく保育園に入る前の記憶。
だとすると3歳より前。
家族で銭湯に行った記憶。
当時、住んでいた住宅にはお風呂がなかったのだろうか。
しょっちゅう銭湯に家族で行っていた気もする。
風呂上がりに瓶のコーヒー牛乳を飲むのが楽しみだったのだけははっきり覚えている。
今度、いつの記憶だったのか、母に確認しよう。
銭湯に行った記憶は、そんなに遠い昔の記憶。
今も日帰り入浴に行くことはよくあるけれど、町の銭湯に行くことはなくなった。
私の住む町にも昔ながらの銭湯が一軒ある。
自宅のお風呂が壊れて入れない時も、約1時間かけて、隣町のスーパー銭湯に行った。
私の住む街の銭湯に行けば、15分足らずなのに。
先日、映画「湯を沸かすほどの熱い愛」を観てから、無性に銭湯に行きたくなって、
今日、車にお風呂道具を積み、仕事が終わってから向かった。
着くと、店内の電気は消えていた。
入りたい時に入れないと余計に入りたくなる。
ガラスの玄関の上には、ブラックシリカ湯の文字。
当分、車にお風呂道具を積んでおいて、近々、入りに行こう。
大学生の頃、牛タン屋でアルバイトをしていた。
アルバイトの最初の頃はひたすら皿洗い。たまあに米とぎ。
次の段階に進むと、盛り付けだったり、下準備を任される。
そして、最終的に焼き台の前に立つ。
つまり牛タンを焼くことになる。
炭焼き。花形。
数年の経験の後、私も焼き台の前に立つこととなる。
そんなある日、眼鏡が見辛くて、眼鏡屋に行くと、眼鏡の膜が剥がれていると言う。何か熱にあてませんでしたか、と。
牛タン屋の焼き台しかないな、と思った。
その月のバイト代は、ほぼレンズ交換に消えた。
2万円から3万円の間だったと思う。
何と、翌月も、眼鏡が見辛くなる。
またもや、膜。熱のせい。
バイト代は、レンズ交換に消える。
何のためにバイトをしているのか。
そんな大学生の頃の出来事を思い出した。
もう高温の前で仕事はすることがなくなったけど、数十年ぶりに眼鏡が見辛くなった。まさしく膜。
今は眼鏡もすごい安く買える時代。
ネットで色々調べて、一番安いであろうJINSへ。
JINSすごい。
何と、レンズの交換が5000円。
ブルーライトカットを追加しても10000円。
あの頃の、2ヶ月連続してレンズ交換したあの頃の、私に教えてあげたい。
今はJINSがあるよ、と。
久しぶりに泣いた。
風邪気味だったこともあり、鼻を何度となくかみながら、泣きじゃくった。
この映画を薦めてくれた一人は、辛すぎて、途中で観るのをやめたと言っていた。
確かに、辛い。辛いけど、私の身にも起こりうる。
いじめ、病気、蒸発、孤独。
なぜ、そこまで重なるのか。
得てして、辛いことは重なる。
なぜ、自分だけと言いたくなるくらいに。
映画に登場した、この言葉が好き。
「あの人のためなら、なんでもしたいと思う。そう思うのは、その何倍もしてもらっていると思えるから」
以前、自分をなくすと成長する、と言っていた人がいた。
その時は、よくわからないなあ、と思っていたけど、
たぶん、自分が、自分がではなく、相手を思いやる、相手のことを考えることが、成長に繋がると言うことと同義なのではないか。
そんな気がした。
最近、人が動くのは、思いやりなんだとやっと気づいた。
まずは、自分から。
今年、観た映画一番かもしれない。
湯を沸かすほどの熱い愛。
家族を大切にしようと思わせてくれるそんな映画です。
ぜひ。