どんまい

いろいろあるけれど、それでいい

生活に支障をきたすくらい、面白かった

 導入用コンテンツねえ、特殊なホッチキスを買ったから、自分でも手作りでZINEを作ってみるのも良いかも、と私は、一人、コメダで、考え、いくつかのアイデアが思い浮かんだ。

 携帯電話で、2019年の読書記録を確認し、タイトルを考え、タイトルを考えるのが、これまた、むずいんだよなあ、と考えあぐね、タイトルが決まらず、作らないパターンもあり得ると思った。

 こうしてアイデアを考えたり、松永K三蔵『バリ山行』を読んで過ごした。

 『バリ山行』は、Xで、たまたま見かけ、「生活に支障をきたすくらい、面白かった」という帯の言葉に吸い寄せられ、読みたい、と思った。生活に支障をきたすくらい、という言葉に力があった。

 三分の二ほど読み終わったのだが、主人公の波多さんは、会社の仲間たちとピクニックのような登山をするようになり、その集まりに滅多に参加しない妻鹿さんが参加した。妻鹿さんは、とっつきにくい、物静かで、職人気質の人で、私は、職場に妻鹿さんのような人がいても、どう声をかけて良いかわからず、結局、声をかけないだろう、と思った。登山もしないか。

 妻鹿さんは、バリ山行をしていた。バリって何?と思って読み進めると、バリというのは、バリエーションルートの略らしく、通常の登山道ではない道を行く。破線ルートと呼ばれる熟練者向きの難易度の高いルートや廃道。そういう道やそこを行くことを指すという。

 二人が勤めていた会社は経営が悪化し、人員整理も話題として上がるような状態となるのだが、波多さんの担当する業務で、トラブルがあり、妻鹿さんに相談し、助けてもらう。波多さんは、それがきっかけというか、妻鹿さんにバリ山行に連れて行って欲しいと、お願いをし、実現をする。

 

「会社がどうなるかとかさ、そういう恐怖とか不安感ってさ、自分で作り出してるもんだよ。それが増殖して伝染するんだよ。今、会社でもみんなちょっとおかしくなってるでしょ。でもそれは予測だし、イメージって言うか、不安感の、感でさ、それは本物じゃないんだよ。まぼろしだよ。だからね、だからやるしかないんだよ、実際に」

松永K三蔵『バリ山行』p115

 

 妻鹿さん、かっこいいよ。私は、職場に妻鹿さんがいても、どう声をかけて良いかわからず、結局、妻鹿さんが魅力的な人なのに、その魅力にも気づかないだろうな、と思ったけれど、そんな妻鹿さんのように、一人で平気みたいな人に、私はすでに出会っている、と顔が浮かんで、嬉しくなったのだった。波多さんは、妻鹿さんのことを、この人は、少しおかしいのかも知れない、と言っていたけど、確かに、そういう人は、周りからは変わっているだったり、ちょっと変みたいなことを言われるけど、それは、周りに無理に合わせていないだけであって、自分の頭で考えているからだったりする。

 

「なんかねえ、バリをやってるといろんなことを考えちゃうんだよ。で、それでも確かなもの、間違いないものってさ、目の前の崖の手掛かりとか足掛かり、もうそれだけ。それにどう対処するか。これは本物。どう自分の身を守るか、どう切り抜けるか。こんな低山でも、判断ひとつ間違えばホントに死ぬからね。もう意味とか感じとか、そんなモヤモヤしたものじゃなくてさ。だからとにかく実体と組み合ってさ、やっぱりやるしかないんだよ」

松永K三蔵『バリ山行』p116

 

 私も、想像の中で、バリ山行をしていて、妻鹿さんの言葉を覚えていたいと思った。波多さんが、死にそうになって、そういうこともあったからなのか、妻鹿さんに言っちゃいけないような言葉を言ってしまい、重い空気のなか、私も沈黙して、二人を見守った。その時の妻鹿さんの対応だったり、物語の終わり方が、私の好みで、妻鹿さんも好きだし、『バリ山行』も好き、と読み終わったのだった。