どんまい

いろいろあるけれど、それでいい

本を傍に置き、読まなかった

 もう看護師には未練はありません。灰色のワンピースが似合うその女性は、三年働いて、看護師を辞めたという。その理由を訊くと、その感覚は、真っ当だと思ったので、そのまま私は伝え、ただ、佇まいは、看護師に向いていると思います、と伝えた。女性は、看護師を辞めた後、飲食店を立ち上げるコンサル業に就いたという。ただ、その会社を半年、働いていた頃、給料が1ヶ月未払いとなり、会社のMacBookを持って、飛んだと言った。私は、見かけによらず逞しいですね、と伝えた。宅建をとり、不動産屋に就職して1年半。物件を見るのが好きで、新築の匂いが好きだと言った。確かに、新たなことに挑戦するのなら20代が良いかもしれません、と私は返した。内覧した物件は三軒。物件を移動しながら交わした会話の時間は二時間を経過していた。

 私は駐車場で、次の予定のタイヤ交換に遅れる旨を連絡し、車屋に到着したのが、予定より30分遅れで、パンクしたタイヤの修理をした。消費税を入れると13万2千円だった。今年、急に燃費が悪くなったのは、タイヤのせいだったんだな、と思った。

 妻にLINEをし、私は駅まで走っては歩き、歩いては走るを繰り返した。次の予定が18時集合だったから。17時24分発の列車は2分遅れでホームに到着して、私は、列車に乗り込んだ。暑かったので、薄手のコートを脱いだ。

 なんだかんだで、集合場所の串鳥には、私が一番最初に到着した。串鳥の前のホテルが、友人が宿泊するホテルで、目の前がホテルだね、と友人にLINEを送った。友人は、ホテルの近くで良かった、と妻に言っていたらしい。予約したのは妻だった。

 友人はオーストラリアで生活して20年になる。こうして定期的に日本に帰国しては、連絡をくれた。本、おめでとう。本を作る、作ると言っていて、本当に作るんだからすごい、友人は言い、本は売れた?と続けた。売れない、と私は何か言い訳を言いたい気持ちになりながら、そう答えた。

 友人は、本を傍に置き、読まなかったという。その友人を見た夫は、なぜ本を読まない?と訊いたという。友人は、読み終わるのがもったいないから、と言ったという。本が大切にされているのが嬉しかった。私は、その言葉を何度も思い出すよ、と歯に噛んで、一度読んで、すぐに二回目を読めば良いじゃない?と伝えると、二回目は、どんな話かわかっちゃうから、と友人は、口籠もっていた。

 帰り、妻は、オーストラリアに行かないとね、と話をしていたが、もう何十年実現していないのだろうか。