北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

世の中捨てたもんじゃない

 干支が寅年だと知り、年男の父親が何歳かを計算して、実家に帰ろうと思った。shabby sic ポエトリーから届いたCDをかけながら、車を運転した。カーナビが新しくできた高速道路を指し示した。長いこと作っていた高速道路が通れるようになったんだ、と思った。どこで下されるんだろうと不安になりながら走る。こんなに山が近くにあったっけと、子どもの頃、何度も見上げた山を見上げる。山のある景色も良いなあ、と思う。実家の景色が新鮮に映るほど、帰ってきてなかったのか。実家では箱根駅伝がテレビから流れていた。たわいもない話をし、持参した柿内正午『町でいちばんの素人』を読み、昼寝をし、起きて、ふと父を見ると、父も座りながら寝ていた。箱根駅伝が終わったところで、実家を後にした。一年に一回か二回しか帰らないけれど、もう少し、帰ろうと思った。帰っている途中、あれ?人が倒れてる?とゆっくり車を走らせると、人が倒れているのではなく、バイクが倒れていて、バイクの運転手と、通りすがりの人が二人でバイクを起こそうとしていた。それにしても何でバイクに乗っていたのだろう。この時期、バイクに乗っている人なんて見たことがない。もしかしたら、道外から来た人なのだろうか。バイクの運転手は、世の中、捨てたもんじゃない、と感じているんだろうなあ、と頭に浮かんだ。私の行動指針の一つは、世の中、捨てたもんじゃないかもしれないなあ、と思った。バイクの運転手を助けたわけではないけれど。