どんまい

いろいろあるけれど、それでいい

流れ

 朝、起きて、なんとはなしに、ネットで冬用コートを見ていたら、欲しくなって、衝動的に購入した。この前、ネットで購入したジャケットは、サイズが合わなかったので、試着しないで購入することに不安はあるのだが、この安さで買うことって、そうそうできないのでは、と駆り立てられるものがあり購入した。サイズが合いますように。ただただ祈るばかり。そのブランドの広告をネットで目にしたのは、数ヶ月前のことで、私好みのデザインで、そのブランドの店舗に行ってみたけれど、高くて、買うのを諦めた。新品では。

 新型コロナウィルスにより、在宅ワークが導入され、働きやすくなった。反面、部下と顔を合わせる機会が失われていたことに、今更ながらに気づいた。上司たるもの、問題がなくても、そこにいるということに価値があるのではないか。相談したいときに、相談できるということが重要なのではないか。もちろん、電話でも相談できるのだが、直接会っているからこその利点が必ずある。失敗して、気づく。

 人は問題が起こったときに、相手の性格や能力のせいだと考えてしまいがちだ。だが実際は、仕組みや運用に課題があることも多いし、たった一つのルールを変えるだけで人の行動がガラッと変わってしまうことだってある。佐渡島康平『観察力の鍛え方』p131

 ここのところ、チーム内で決めたルールを、部下に守ってもらうためには、どうしたら良いかを考えいていた。逆に、私がルールを破る場面って、どんな時なのだろう?と考えた。めんどくさい時だった。ルールが守れない時って、結局、その仕組みや運用に課題があるのだろう。

 決めたルールを守れ、と、Slackに入力して、休み明けに部下が読んだら、ずず〜ん、と1日が始まるな、それは良くないと、冷静になって、部下がみていないところで、メッセージを削除した。

 ネガティブな言葉は、よくない。ここのところネガティブな言葉を、ひさびさに浴びて、調子が悪くなった。ひさびさすぎて、逆に気づいた。ネガティブな言葉の効能。

 野球でいうところの流れって、我々の仕事にも当てはまる、と最近、思っていて、流れが悪い時は、流れが良くなるアクションを起こすべき。野球では、まずは、声を出すことが基本で、高校球児のときは、その理由すらわかっていなかったし、考えようともしていないかった。とにかく、先輩から声を出せと言われて、その命令に従っていたにすぎなかった。あの声を出すということが、流れを良くする一つの方法だったとは。先日、会社で元気よく挨拶をしている人を見て、気づいたよ。

 私は、何か調子悪いな、流れが悪いなというときは、基本に戻ろうと言い聞かせる。そう言い聞かせるようになったからかは定かではないが、泣き面に蜂のような出来事は起きなくなったような気がする。

 流れが悪いときに、ネガティブな言葉を発すること自体が間違いなのに、そのことに気づかず、ネガティブな言葉を発してしまう。気づいたら、ネガティブなループにはまる。それは個人だけではなくチームでも言えることで、チーム内の流れを良くするには、前向きな言葉だったり、ユーモアだったり、言葉をかけることだったりするのだろう。野球でいうところの流れという言葉を最初に使った人は、誰なのだろう。すごいな。