どんまい

いろいろあるけれど、それでいい

お盆

 キャンプで使用する手斧を、ばあちゃんちにもらいに行くために車で向かった。ばあちゃんちというと、ばあちゃんが生きているように感じるが、ばあちゃんは、今年、亡くなったので、正確に書くと、もともとばあちゃんが住んでいた家と言うことになる。いつも、お盆になると、親戚一同が、ばあちゃんの家に集まるというのが、恒例になっていたが、コロナ禍ということもあり、集まるという話にはなっていないようだった。

 車のラジオからは、甲子園が流れていた。熊本と長崎の高校が試合をしていた。一回戦から九州勢同志があたることもあるんだな、と思った。

 自分が高校球児だった頃のいくつかの場面が勝手に頭の中で再生された。

 夏の予選に向かう直前、先輩2人が、学校の前で、知らない大人に必死に土下座をしていて、何が起こったかはわからなかったが、ただ事ではないことは、見ればわかった。すぐ近くのスーパーで、たばこを吸ってるところを見つかったらしかった。その2人は、レギュラーの2人で、その2人が仮に出場できていたら、もっと勝ち進むことができたのだろうか。その時、私は1年生で、3年生が勝ち進もうが、負けようがどっちでも良かったのかもしれない。

 もう一つ勝手に頭の中に再生されたのは、高校2年生の冬。チームメイトが部活をやめた時のこと。なぜ、あの時、必死でやめるのをとめなかったのかということ。何度となく、思い出すというか、何度となく、悔やむ。

 ばあちゃんちには、父と母以外に、私が行くといつも来てくれる親戚のおじさん、おばさんが来ているのかな、と思っていたが、親戚のおじさん、おばさんに加え、いとこも来ていた。会えると思っていなかったから嬉しかった。

 仏壇に手を合わせる。仏壇には、所狭しと食べ物が載っていた。

 なぜ、お盆には御先祖が帰ってくると言われるようになったのだろう。なぜ、それが夏だったのだろう。よくはわからないけど、近くにいるかもしれないと、想像する。

 イメージしていた通りの手斧があった。何十年と使われていないオイルランタンもあった。ただ、祖父母が使用していた当時のものであり、磨けば使えそうではあったが、そこまでオイルランタンを使うような感じもしなくて、置いて帰って来た。

 帰り道、3000円という高速道路の料金表示を見ながら、往復で6000円なら、手斧買えたな、と一瞬、頭を過ぎったが、そういうことではない、と打ち消した。