北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

四十九日法要

祖母の四十九日法要だった。住職が、私の目を見て、堺正章が出演していた西遊記をご存知ですか?と訊いた。私はうなずく。香取慎吾西遊記もあるな、と今、思い出した。西遊記にも登場する三蔵法師が、お釈迦様の教えを訳して、中国に伝えたと言っていた。と、思う。ずっと、私の目を見ていたので、内容よりも、なぜ、私ばかり見ているのだろうか。私が、真剣に訊いていないように感じたのだろうか、確かに、真剣味が足りないというのは、これまでもあったかもしれないと思いながらも、お釈迦様という、一人の人の教えが、国を超え、時を声、残っているという事実が、すごいな、と感心した。

 

祖母宅で、親戚と食事をした。親戚のおじさん、おばさんが話すどうでも良い話が、なんか心地良かった。これまでもずっと聞いていたはずなのに。(息子に)金を貸しても返ってこないという話が、一番、印象深い。

 

いとこが、ばあちゃんの昔の写真を見たいと言ったので、一緒に見た。これ、おばさんの若い頃だねとか、じいちゃんかっこいいね、とか言いながら見ていたのだが、親戚のおばさんが自分の写真を、一枚、また一枚と、自分のところに置いていた。家に持って帰って焼くと言う。わざわざ焼くの?と心の中で思った。

 

帰る人がいると、家から皆が出て、手を振る。車からはクラクションを鳴らす。何回も、何十回も、繰り返したこの光景が、今日は、なぜか、心にしみた。