北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

考えないのもよくないが、考えすぎなのも良くない。

飲茶『史上最強の哲学入門』と『史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち』がおもしろくて、ほかの本も読みたいなと思っていた。思っていただけど、数年が経ち、この前、やっと手にした。飲茶『哲学的な何か、あと科学とか』という本。

 

「A=B,B=Cならば、A=C」。いつしか学校で習った疑いものない数式。

 

論理的思考には、必ず「飛躍」と「矛盾」があるというページを読みながら、唸る。

 

「A=B,B=Cならば、A=C」というのは、「A=A=A。Aは、Aであり、Aである」と言っていることになり、何の意味もなさない。つまり、「A=B」や「AはBである」という言葉が意味をなすのは、あくまで「AとBが違う」ときである。飲茶『哲学的な何か、あと科学とか』p22-23

 

「A=B,B=Cならば、A=C」。全く疑わないで生きてきたけれど、確かに、上記のとおりである。

 

哲学者は、考えすぎて、発狂してしまわないのだろうか。考えないのもよくないが、考えすぎなのも良くない。

 

ただ、私は、哲学に惹かれる。なぜ、だろう。どこが好きなのだろう。独自の哲学や哲学的という言葉が好き。言葉に込められているのは、深さか。人間的に深みのある人間になりたいと思っている。どこか哲学は関係があると思っているから興味があるのだろう。

 

哲学的な何か、あと科学とか

哲学的な何か、あと科学とか

  • 作者:飲茶
  • 発売日: 2011/04/28
  • メディア: Kindle