北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

人見知り

まだ私は仕事始めではない。明日から。年始から4連休だった。休みは何日あっても良いと思っているが、4連休くらいがちょうど良い。あまりに長くなると、仕事に行くのが、なおのこと億劫になる。

 

休みの最終日は、病院に行った。禁煙外来である。

 

禁煙外来では、体内の一酸化炭素を図る検査をする。煙草を吸っていると、この値が高くなる。前回から、なぜか高い。煙草を一本も吸っていないにも関わらずだ。何か、体調面で意味があるのだろうか、と心配になってしまうが、理由を訊いてくるのを忘れた。とりあえず、私は、禁煙は続いている。

 

自宅に戻ってくると、一気に、外に出たくなくなる。あいかわらず、飽きもせず、読書と昼寝をして過ごす。

 

若林正恭『社会人大学人見知り学部卒業見込』を読み終わった。

 

この本もプレゼントしてもらった本で、どんな本かというと、オードリーの若林が、社会との折り合いの悪さについて書かれた本といえば良いか。

 

一番、共感したのは、少人数の飲み会は良いのだけど、大人数の飲み会が苦手という話。私もだ。オンライン飲み会になると、なおのこと、苦手だ。顔をうつすのも嫌だと言う時もある。なぜだろう。なぜ、少人数は良くて、大人数は良いのだろう。まず、大人数だと、あまり話が盛り上がらなくてもその場にいないといけない。少人数は、そもそも気の合うというか、ゆっくり話をするのが前提で参加している。大人数は、気づいたら、会話しないで一人になることがある。少人数は、そもそもそんなことがない。

 

あと、グループLINEが苦手だと話も、私も、私も、と思った。小中学校時代の友達とのグループLINEがあるのだが、私は、一言も発していない。大学時代の友達とのグループLINEもあって、そこではたまあに発言している。何が違うのだろう。小中学校時代の友達とは、あまりにも会っていない時間が空きすぎて、話の波長が合わないからだろうか。大学時代の友達は、入れても入れなくても、気にならないからなのだろうか。よくわからない。ただ、LINEは、あまり苦手。あの既読という文字がつくのが苦手。

 

そのような話が1話1話掲載されている。

 

この話、良かったなあ、というのが、若林が出会ったおじいちゃんとのやりとりで存在の理由という話。

 

いいかい。この世に存在する理由には二つあって。一つは何かをしているから存在していいということ。例えば会社にいてちゃんと働いているから、その会社に居ていいって思えるみたいなこと。二つ目は生まれてきたら、なんの理由もなく存在していいということ。若林正恭『社会人大学人見知り学部卒業見込』p250-251

 

存在するのに意味はないというのが後者。私は、生きるのも、死ぬのも、意味がないと思っている。意味は、後付けというか。だから、生きている意味も探さない。それは、後者になるのか。大前提として、なんの理由もなく存在していいという社会がいい。

 

この回が、一番、好きかもしれない。

 

この本をプレゼントしてくれた人は、若林の本を3冊とも持っているようなことを言っていたので、社会人になって、気を遣うことも多くて、四苦八苦していたのだろうか、現在もしているのだろうか、そう考えると、もっと話をしておけば良かったと思ったがすでに遅い。

 

もう、その人とは会うことはない。もし会ったら、『社会人大学人見知り学部卒業見込』に登場したツチヤタカユキの『笑いのカイブツ』もおもしろいよ、と伝えたい。

 

完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込 (角川文庫)