北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

横道世之介

新型コロナウィルスの影響で事務仕事が多くなり、せっかくの機会だからと、普段、できない事務をしているが、そのせいもあって、肩こりがひどい。寝違えたのか、首も痛い。そして、一番、ひどいのは、腰である。年である。

 

次年度のことを考え始めている。

 

12月のうちに、今年の成果、課題は整理しておこうかな、と部下に声をかけている。部署全体のことは一旦、置いておいて、超個人的な成果と課題を出してもらう。

 

挑戦したいことのほうが大事な気もするが、挑戦したいことを出すのは、気分的に1月のほうが良いのではないだろうか。その年の目標を立てるのはだいたい1月だから。そこは倣うべきではないだろうか。

 

この作業というのが、結構、大切。今年は、しっくりきた。たまたま感はあるが、なぜ、しっくりきたのだろうか。

 

たまたま、私が考えている目指すべき姿と部下の目指したい姿が一致したからだろうか。

 

そういえば、今年度の事業計画を立てる時、できるだけ、部下の声を拾おうと意識をしていた。できれば、全てを拾いたいと思っていた。

 

今年の事業計画は、私が、というより、部下が考えたとよく口にする。まとめたり、必要だと思う要素をつけ加えたが、部下がたてたもの。

 

だから、私がやってくれというより、自分たちで立てたんだからという意識が働いているからだろうか。どうなんだろう。そもそも部下に聞いてみようか。それがいいな。

 

自宅に帰ってきて、吉田修一横道世之介』を読み始めた。

 

物語は大学1年生から始まる。今年の大学1年生は、かわいそうだ。友達はできたのだろうか。横道と倉持が、4月に出会ったように、友達が作りやすいのは4月なのに新型コロナウィルスの影響で、出会うきっかけみたいなのが失われているような気がするが、気だけだろうか。

 

物語の途中、大学を卒業し、子どもがいる設定になっていて、ん?どんな物語だっけ?とついていけなくなりかけたけど、大学卒業後、数十年後が経った場面を早い段階で挿入されたことによって、なんか、ぐっと、親近感が沸いた。それは、自分が年をとったせいだろうか。たぶん、そうだろう。

 

大学生活と、その数十年後が、どこかでリンクするのだろうか。

 

おもしろいことにというか、私も、大学1年生の4月に出会った友達と、いまだに、連絡をとっている。会って、飲むこともある。今年も何度か、会おうよ、という話になったが、新型コロナウィルスのため、自粛をした。中学や高校時代の友人よりも、大学時代の友人のほうが会っている気がする。会う頻度が多いからだろうか。

 

 

横道世之介 (文春文庫)

横道世之介 (文春文庫)

  • 作者:吉田 修一
  • 発売日: 2012/11/09
  • メディア: 文庫