北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

エモーショナルとロジック

Number999を読んだ。野村監督の特集記事。雑誌では珍しく、野村監督の記事を隅々まで読んだ。

ヤクルトの黄金時代の1番センター飯田の記事が目に止まった。「ベンチの指示に従うだけでなく、自分の経験に基づいた直感でプレーすることも大事だぞ」野村監督が飯田に言った言葉。直感。山口周『世界のエリートはなぜ、「美意識」を鍛えるのか?経営における「アート」と「サイエンス」』を読んでからというものの、直感という言葉が私のアンテナにひっかかる。野村監督といえば、ID野球と呼ばれるように、データに基づいた野球が有名で、直感とは正反対に位置する論理的な野球。科学的な野球。その野村監督が、飯田に言った言葉が、直感でプレーすることも大事。私が学んできたのは、経験に基づいた勘で仕事をするのは素人。科学的、論理的な根拠に基づいた仕事をするのが玄人。当たり前だと思っていた価値観が瓦解する。ここ最近、思うのは、思うのはというか、山口周『世界のエリートはなぜ、「美意識」を鍛えるのか?経営における「アート」と「サイエンス」』によれば、どちらかに偏ってはいけないということ。論理的に考えることも必要だし、直感、感性も必要。魅力的な仕事をしていく上で。

 

Number999を読み進める。『理屈を語って理屈におぼれず。感性を語って感性にもたれず。もちろん情に引っ張られてばかりではない。細かな理論の解説にうんうんうなずく。すると、決まって人生ってやつが顔を出す。野村克也は理の人でも情の人でも理と情の人でもなく野村克也なのである』何度も読むと、野村克也野村克也である、ということなのだろうが、前述の飯田のインタビュー記事にもあるように、データに基づいた根拠も大事にしているが、情だったり直感だったりを大事にしている人でもある。エモーショナルな部分とロジックな部分のバランス。感情的な部分と論理的な部分。アリストテレスの弁論術か。ロゴス、エトス、パトス。論理的な部分だけでは人は動かない。感情的な部分と論理的な部分が野村監督にあったから、人が動き、野村監督に影響を受けた人がここまで多くいたのだろう。

 

Number999に紹介されていた野村克也『野村ノート』を読んでみたいと思った。そういえば、自宅の本棚に何冊か野村克也の本があって、どれかを読もうと思って本棚を眺めたら、『野村ノート』があって、小躍りした。

 

『野村ノート』を開いた。

 

野村ノート

野村ノート