北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

わびさび

粋、禅、わびさび。

 

日本古来より伝わる文化に興味があって、何か自分の生活に取り入れられることはできないか考えていて、スペクテイター 『わび・さび』を手に取った。

 

スペクテイター〈43号〉 わび・さび

スペクテイター〈43号〉 わび・さび

 

 

わびさび。聞いた言葉ではあるけれど、いざ、外国人に説明をする段になった時、私は、言葉に窮する。

 

漢字にすると、侘び、寂びとなるのを知った。こう漢字にすると、わびさびがぼんやりと輪郭を表してくる。侘しい。寂しい。

 

国語辞典を引くと、侘しいとは、ひどく、物静かでさびしい。心が慰められないさま。心細い。貧しくてあわれなさま。みすぼらしい。一方、寂しいとは、心が満たされず、物足りない気持ちである。さみしい。相手がいなくてひっそりとしている。

 

わびとさびを合わせたものを、わびさびと言い、おもしろいと思うのは、わびもさびも、国語辞典で調べると、マイナスのイメージを想起させるけど、古来の人は、そこに美を見出したところ。スペクテイター によると、その価値観は貧しい人々から見出されたものではなく、富裕層からだという。

 

不完全で未完成なものに美を見出す感性。

 

ヨーロッパ人の建築様式は、石造りで、半永久的に残ることを目指したのに対し、日本の伝統的な建築様式の木造建築は、いつかは無くなるということを前提として作られる。完全を目指そうともしない。

 

自分でコントロールできないものがあるという事実を受け入れる。時の流れもそうだし、わたしたちを取り巻くもののはかなさもそう。

 

こう書くと、禅で知った日日是好日という言葉に繋がっているような気もする。

 

わびさびは、シンプルで、流れに身をまかせるけど、どこか凛としている。

 

そんなイメージを私はうけるのだけど、こう書いていると、そんな生き方をしている人が頭の中に浮かんだ。