北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

『勉強の哲学』を読んでいたら勉強をしたくなってきた。

仕事のアイディア、ブログに書きたいこと、本を読んで良いなと思った言葉なんかを携帯電話のメモ機能を使ってメモしている。

 

アイディアは、ふとした時に頭の中に浮かんでくるから、すぐにメモをしないと忘れてしまう。携帯電話は、ほぼ肌身離さず持っているので、メモするには便利。

 

千葉雅也『勉強の哲学』を読みながら、EvernoteOnenoteアウトライナーなんかを使用したノート術のことが書かれていて、もしかしたら、メモ機能よりも使いやすいのかもしれないな、と思った。

 

ネットでどんな機能があるかを調べてみた。調べながら、これは使いながら検証したほうが早いなと思ったので、近々、使ってみようと思っている。

 

『勉強の哲学』は、勉強の仕方について書かれた本である。

 

職場に高学歴の人が何人かいるけど、共通しているのは、問題意識を持っているということ。たぶん、話を訊いていると大学時代から。もしかしたら、もっと前からかもしれない。その問題意識から勉強を始めている。いや勉強とも思っていないのかもしれない。努力を努力と思っていない人が最強。よって頭が良い。

 

勉強というのは、自分で文献を読んで考察するのが本体であり、教師の話は補助的。千葉雅也『勉強の哲学』p182

 

いかに楽をして単位をとるか、めんどくさいなあと思いながら大学に通っていた自分とは大違い。私が問題意識から本を読んだりするようになったのは、ここ数年の話。その差、20年。恥ずかしい限り。『勉強の哲学』でも勉強は、問題意識が大事だと言っている。

 

 

社会人になってから、本を読むのが好きになり、ここ近年は、ほぼ毎日、本を読む。

 

私の読書は、縦軸と横軸で読みたい本を増やしていく。というか、皆、そうしているような気もする。というか、皆、どのように読みたい本を増やしているのだろうか。

 

私の読みたい本の増やし方の縦軸は、作家。例えば、一冊読んでおもしろいと思った作家は、現在、出版されているものをほぼ読んでいく。

 

横軸は、読んでいた本の中に、別な本が紹介され、興味を持った場合。好きな本屋さんが紹介している本たちもこの横軸になるのかな。

 

『勉強の哲学』のアイロニーとユーモアの考え方もこれに似ているのかな、と思った。深めると広げる。懐疑と連想。深めるために批判的にみる。私は、これまで、本当にそうだろうか?といった感じで本を読んだことがないし、勉強もしたことがない。どちらかというと紙面どおり、へえ、そうなんだとなっちゃっているので、そんな読書の仕方も身につけたいな、と思っている。

 

『勉強の哲学』を読んでいたら勉強をしたくなってきた。

 

今は、哲学と社会学について勉強したい。まずは入門書を読むべし、と『勉強の哲学』でも書いてあったので、まずは入門書を探そう。入門書は、一冊だけでなく、複数、比較すべし。入門書→教科書→基本書の順番に勉強をする。教科書は読み通すのではなく、辞典のようにひくべし。