北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

「まなざし」という言葉は単なる視線ではない。

図書館に行って、本を2冊借りた。珍しく服を買いに行こうと思って、札幌に向かい、渋滞に巻き込まれて、今日は、休日だったと気づく。今日はやめて、平日に来ようかと頭をよぎったけれど、平日に、また、ここまで来るのもめんどくさいので、服屋に向かうことにした。服屋に着く前に、近くのコンビニに寄って、図書館で借りた一冊の刺集を開いた。

 

若松英輔『見えない涙』。

 

 

『旧い友』と『悲しさを語るな』という2編が良かった。

 

個人的な経験、個人的なメッセージ、つまりは、個人的な詩であり、小説を読みたいと思った。個人的な言葉は、感情がこもると思うので。感情がこもれば読んでいる人に響く。

 

ズボンを一着買って、近くのおいしそうなラーメン屋をグーグルマップで調べて、おすすめの背脂醤油ラーメンを食べて、700円を支払い、店を出る時に、小学生以下は13:00より前の入店をお断りしますという貼り紙を見て、ラーメン好きの小学生は悲しむだろうな、と思いながら、コンビニの駐車場で、図書館で借りた一冊の刺集を開いた。

 

藤川幸之助『まなざしかいご』。

 

まなざしかいご ―認知症の母と 言葉をこえて 向かいあうとき

まなざしかいご ―認知症の母と 言葉をこえて 向かいあうとき

 

 

最初の「まなざし」という詩とエッセイを読んで、いきなり心を掴まれた。

 

藤川幸之助さんは、詩人になりたかったけど、詩人じゃ食べていけないから教師になり、教師をしながら詩を書き続け、そうこうしていたら母がアルツハイマー認知症になって、母を介護していた父が他界し、父の代わりに、母を介護するようになった。詩を書く時間がない、と思った時もあったようだけど、母を介護しながら感じたことを詩にした。詩集を作った。そうしたら、詩を書いて食べていけるようになった。

 

藤川幸之助さんの言葉を読んでいて、私は、これは、認知症だけではなく、言葉のコミュニケーションが難しい障害者も同じだし、言葉のコミュニケーションが難しい乳幼児も同じだと思った。

 

・・・言葉がないから

母に心がないわけではない。

何も分からないから

何もしないで良いとは思わない。

何を行っても理解できないから

何を言っても許されるというものでもない。

母の存在が私の良心を見つめている。・・・

藤川幸之助『まなざしかいご』p21

 

藤川幸之助さんの言葉は、気づきを与えてくれる。

 

病気や方法、技術にばかり目がいって、母そのものを私は忘れているのではないかと思った。藤川幸之助『まなざしかいご』p49

 

今でも私は白い紙を用意して、毎日毎日詩を書きつづる。私のような文学の素養も才能もない人間は、書き続けることでしか、書くことはわからない。まるで、生き続けることでしか、生きることの何であるかが分からないのと同じなのだ。藤川幸之助『まなざしかいご』p64

 

「死ぬとは、そのときまで生きること」藤川幸之助『まなざしかいご』p80

 

幸せは「仕合わせ」とも書き、めぐりあわせや運命のことをも言う。 藤川幸之助『まなざしかいご』p96

 

幸せに執着せず、幸せになりたいという手枷から自由になって初めて、幸せに気がつくことができるんだとつくづく思う。藤川幸之助『まなざしかいご』p97

 

福祉の「福」も「祉」も、幸せを意味するというのは、福祉を仕事をしている人には有名な話で、つまり、福祉の仕事は、誰かの幸せのためにある。

 

幸せとは?仕事とは?遊びとは?恋愛とは?結婚とは?生きるとは?

 

たぶん、私は、福祉の仕事をしていなかったら考えなかったことを考えている。仕事をとおして、人間としての深みにつながったのではないか、と思ったりする。そうだったら良いな、と思う。