北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

いつ使うかもわからない問題意識が役に立つとき

爪切男『死にたい夜にかぎって』を25頁まで読んだ。やっぱり、どストライクだった。まだまだ世の中には、どストライクなのに、出会っていない作品があるのかもしれない、と爪切男さんとの出会いを演出してくれた伊野尾書店に感謝した。

 

エッセイくらいの長さの短編小説で、この前、読んだ永井宏『雲ができるまで』も、こんな感じの長さだったな、と思い出して、自分で小説を書く時も、この長さは、良いかもしれない、と思った。

 

昨日は、飲み会だった。飲み会という形式を取っているが、飲みながらの会議というような会だった。

 

最近、本を読みながら、こんなことをしたいなあ、と、現実性のないことを、ぼわわわわ〜んと考えていたんだけど、その飲み会で、もしかしたら、今、私達ができることは、こんなことかもしれないな、と思って、これこれこういう理由で、こんなことが必要だと思うんです、と意見を述べた。話していたら、いつものように熱がこもって、空回った感があるけど。普段、いつ使うかもわからない問題意識が、こんなところで役に立つなんて、驚きだな、と思った。

 

今日も飲み会だったんだけど、仕事がまったく終わらず、東京から仕事で札幌に来ていた友達と、会うことができなかった。

 

この前、読んだ『中年ルネッサンス』に影響されて、40代ねえ、と、日々、しみじみしと過ごして、同じ40代の友達と、そんな話をしようと思っていたので、残念だった。来月は、会えれば良いな。

 

早く爪切男の『死にたい夜にかぎって』の続きを読みたいけど、やらないといけないことをまずはやらなければならない。

 

死にたい夜にかぎって

死にたい夜にかぎって