北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

宮本輝『錦繍』新潮社/30代から40代かけて一度、手にすべき本

明日は休みだから、眠くなるまで本を読もうと思っていたけれど、開いて2頁読んで、眠くなってきて、また、明日にしようと、布団に横たわる。

 

朝になって、宮本輝錦繍』を開いた。小説の中に、モーツァルトという店名の喫茶店が出てきて、仙台に住んでいた頃、何度か通った喫茶店モーツァルトという名前だったな、とか、その喫茶店の店主もモーツァルトが好きなのだろうか、とか考えながら、小説に登場していたモーツァルト39番シンフォニーをYouTubeで流し、小説を読んだ。読みながら、なぜ、伊野尾書店の店長は、私に、この本を選んでくれたのだろうか、と考えた。

 

昼食は、以前から行きたかったラーメン屋に向かった。札幌で外国人とすれ違うと、ラグビーワールドカップを観に来たのだろうか、と思えてしまうから不思議。

 

ラーメン屋は、昼時だと言うのに、客は、私だけで、厨房には、顔色の悪いおばさんが一人いて、旦那さんはいないのだろうか、亡くなって、今は、このおばさんが一人で切り盛りをしているのだろうか、大変だな、と思いながら、注文した塩ラーメン、ミニチャーシュ丼を待った。

 

すると、店内に3人の男性客が入って来て、私の斜め向かいに座った。「醤油ラーメンとねぎめし」、「しおラーメン」、「味噌ラーメンとネギ飯」と、それぞれの男性が注文した。

 

私は、醤油、塩、味噌それぞれの味に、ネギ飯が2つ、と注文を覚えた。顔色の悪いおばさんは覚えることができただろうか。そうこうしていると、私が頼んだ、塩ラーメンとミニチャーシュー丼セットが届き、おばさんは、もう一度、3人から注文を確認していた。奥から旦那さんが出てきた。旦那さんは生きていたんだ、と思った。

 

自宅に帰って来て、布団に寝っ転がりながら、宮本輝錦繍』を読み、眠くなったら寝るという時間を過ごした。

 

私の年齢は、季節で言えば秋か、とこれまで考えていないことを考えた。となると、夏は、20代にあたるのか。『錦繍』を読むタイミングは、今だったんだ、と思う。

 

生きていることと、死んでいることとは、もしかしたら同じことかもしれない。 宮本輝錦繍

 

何度となく、『錦繍』に出てくる言葉で、当分、この言葉の意味を考えたい。自分の夏という季節を振り返りながら。