北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

書くということ

北海道のアパートにはクーラーがついていない。いや、ついている部屋もあるけれど、私のアパートにはついていない。よって、自宅にいる時は、窓という窓を全開にする。心地よい風が部屋の中に入ってきて、夏休みっぽい。

 

私は、布団でごろごろしながら、枕元の本の一冊に手を伸ばした。保坂和志『小説の自由』。

 

書くこと、読むこと、考えること、事実を知ることは、過去にその力を及ぼしうる行為なのではないか。

 

・・・書くということは起源として、過去や死者に捧げる行為だったのではないか。過去や死者を称え、称えるだけではなく、自分たちの起源に刻み込み、そうすることで過去の出来事や死者の言動がさらに力を増す。書くとはそういう行為だったのではないか。

 

・・・人間の精神はもともと未来に向いているものではなくて、過去に向いているものなのではないか。

 

保坂和志『小説の自由』p84

 

人間の精神は、未来に向いているものではなくて、過去に向いているものなのではないか、というのはわかる。これから出会うであろう人よりも、これまで出会ってきた人が大事だし、その出会ってきた人たちと共有した時間を覚えておきたいと思う。覚えておきたいと思うからこそ、書く。それが、私の書くということ。

 

職場の内部研修で話をする機会があり、話をし終わった後に、そうだ、採算ど返し、無料の事業が、実は、その会社の特色だったり、魅力に繋がるんだよな、と思ったことがあったことを思い出した。

 

あと、あとで気づいたといえば、部下の承認欲求をいかに満たすかということが時々、頭をよぎるんだけど、褒めて欲しいというのが伝わってくる人を褒めるのはなんか嫌だなあ、と思っているんだけど、部下がしていることで嬉しかったことを話すことは、すなわち承認欲求を満たすことに繋がる、と頭をよぎった。

 

小説の自由 (中公文庫)

小説の自由 (中公文庫)

 

 

新潟県長岡市の花火大会だったんだね。花火を見に行きたい。