北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

万引き家族

猫が、朝7時に、ご飯ちょうだい、と私を起こしにきたから、猫にご飯をあげて、もう7時なのか、と思いのほか時間が経過していたから、居間のカーテンを開けて、私も起きることにした。

 

今日は、仕事が休みで、特に予定もないな、と思いながら、映画でも見るか、と、Amazonプライムビデオで、見たい映画を探していると、万引き家族があった。万引き家族は、カンヌ国際映画祭で最高賞を受賞してから、見てみたいと思っていた。

 
映画を見ながら、この家族に近いような家族は、今の日本にいるんだろうかって、頭の中に何度もよぎった。お父さんが日雇い労働者で、お母さんがクリーニング屋で働いていて、おばあちゃんの年金をあてにしていて、万引きも生計を立てる上での仕事みたいなもんというのが家族の共通認識。家族ぐるみで万引きしてるってあるんだろうか。 ところどころ、登場人物の心情というかが消化できなくて、そういえば、自宅に、本もあったっけと、映画を見終わったあとは、本を読むことにした。 
 
この作品を味わうには、本がちょうど良いと思った。映画を見終わって、話の内容がわかっていても、本を楽しめた。
 
ああ、この子どもたちは、幸せだったのではないだろうかとか、学校に行けた方が幸せだから、この家族とはいない方が良いのかとか、テレビに流される情報は、本当のところは全然違うかもしれないよなとか、そんなことを考え、自分の気持ちを消化していった。
 
そういえば、最近も同じようなことを考えていたな、と思い出した。
 
こちらの一方的な解釈だけで、相手を非難するのはよくないなって。もしかしたら、相手は良かれと思ってやっていることも、誤解が生じる可能性もあって、良い行いなのに、悪い行いということに変換される。それまでの言動を加味して解釈するから、例えば、万引き家族みたいに、普段から法に触れるようなことをしていれば、往々にして起こりうるのかもしれない。解釈する側が感情的になってしまうと、なおのこと誤解が生じちゃうだろう。
 
今日は、一歩も外に出ずに1日が終わった。