北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

選挙カーにはどれほどの意味があるのだろうか?

最後のお願いにあがりました。よろしくお願いします。よろしくお願いします。

 

こんな辺鄙なところにも選挙カーが来るんだと、カーテン越しに選挙カーを眺めた。この選挙カーは、どれくらいの意味があるのだろうか。この人は、北海道議会議員になって何をやりたいのか、ありがとうございますだけだと、さっぱりわからない。選挙カーは、どれも同じだけど。

 

私が住むところでは3人が立候補しているが、何人当選するのかもよくわからない。わからないから、今、このブログを書きながら、ネットで調べている。2人なのね。

 

北海道議会議員もそうだけど、北海道知事選も行われる。公約は、こっちの人で、イメージは、こっちの人。公約も大事だけど、これまで何をしてきたかという実績が大事だよな、あ、この人の実績がよくわからないな、口だけってのもあるしな、とあれこれ考えている。

 

で、だいたい決めたから、明日、選挙に行く。

 

 

最近は、滝口悠生『茄子の輝き』を読んでいる。

茄子の輝き

茄子の輝き

 

私だけかもしれないけれど、集中しないと、物語の世界に入り込めない。だけど、一旦、物語の世界に入り込めると、この淡々とした感じが心地良い。離婚、倒産、転職を経験しているにもかかわらず、悲惨だとか、辛いとかの直接的な表現はなく、じわりと来る。何で離婚をしたのだろうとか、読みながら、この物語の主人公の気持ちを想像する余白があるというか、とにかくじわりとくる。再読のほうが、よりじわりと来るのではないか、と考えながらまもなく読み終わる。

 

 

Twitterで、大船渡高校の佐々木投手が、163キロをマークしたという記事を読んだ。高校生で150キロでも速いのに、160キロを投げる投手と対峙した高校生の打者は、バットにかするんだろうじか、というか、高校生の捕手は捕れるのだろうか、1試合、手は無事なのだろうか。

 

 

仕事で、列車を眺めていたら、新たに書く小説のイメージが浮かんだ。2作品。「けむり」と、「Hotel Amour」仮のタイトルだけど。「Hotel Amour」は今日、思いついた。