北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

問い

普段、全く、テレビを観ないんだけど、先日、「名門校の天才・奇才卒業生は今?」というテレビ番組を観た。途中からだったけど。

 

観ながら、知識よりも、ものごとの捉え方というか、感じ方の方が大事なのかもしれないなあと思った。それは、時に自分の体を使い経験することで、身につくこともあるだろう。その過程で、その人のオリジナリティができあがってくるのではないか。あとは、その感じたことを、考えたことを、行動に起こすか人かどうかが分かれ目なのかなあ、とか考えていた。

 

録画していたプロフェッショナル仕事の流儀で観た囲碁棋士・井上裕太も言っていた自分自身を信じ抜くことが大事というようなことを言っていたけど、周りと違う考え方でも、自分自身を信じ抜くことが大事というのもどこか相通ずると思った。井上裕太の魅力は、あの自然体にもある。

 

最近、読んでいた『悲しくてかっこいい人』の著者イ・ランは、なぜ、毎朝、朝早くに起きて、学校に行かないといけないんだろう?と自分自身に問いかけた。そして、高校を中退した。

 

私の周りにも高校を中退した人がいて、どうして中退したかという理由は聞いていないんだけど、その人は魅力的な人だ。高校を中退したから魅力的なわけではなくて、ものごとの感じ方が魅力的なのだろう。

 

話を戻すと、イ・ランは、ソウル生まれのシンガーソングライターであり、映像作家、コミック作家、エッセイスト。韓国人の本を読むのは初めてだった。リトルモアから出版されている本を立て続けに読んでいる。

 

読み終わった『悲しくてかっこいい人』に、若い自分が今、何かを発信できるとしたら、「問い」というようなことを言っていて、人に発信する前に、自分自身に向けた問いと、そこから導きだされた答えがあるから、イ・ランは魅力的な人になったのではないだろうかとか考えた。

 

私も、問いを大事にしようと思った。私は、本を読みながら、自分自身への問いを見つけようかな。

 

悲しくてかっこいい人

悲しくてかっこいい人