北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

人は、人を憎むことが好きだけれど、人に憎まれることは嫌い。

昨日のこの時間、私は、『二千七百の夏と冬』の下巻を読みながら、これは、読みきらないと次の日に続きが気になって、気になって、支障が出てしまうと思い、一気に読みきった。深夜1時50分読了。この本は、ある本屋さんのフェアで知り、購入したものだけど、その本屋さんのフェアを知らなければ、手にとらなかったであろう物語。縄文時代の物語。全く興味ない。興味ないのに、惹きつける荻原浩がすごい。

 

 

殺し合いは、猿人や原人の時代からあったことらしいけれど、もしそれが、人間の本来持っている本能なのだとしたら、逆にそれを認めて、原因を突き止めて、抑制する方法を考えるという手立てもあるはずだ。だって、人は、人を憎むことが好きだけれど、人に憎まれることは嫌いなんだから。『二千七百の夏と冬』荻原浩

 

今日というか、すでに0時をまわっているから、昨日になるけど、行動変容について考えていた。どういう時に人は変わるか?自分のことを振り返っても、微妙に変化してきている。それは、上司の言葉がきっかけだった時もあるし、友達の言葉がきっかけだった時もある。いや、言葉だけではなく、誰かの働く姿を見て変わった時もあるかもしれない。響く人であるかというのも大事なんだろうとは思った。そもそもセンスみたいなものがあり、人は変わらないのではないのかとも思ったりする。

 

今日は頭がまわらない。深夜1時50分の読書は、結局、次の日に支障が出た。