北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

つぼ

朝、起きて『読書の日記』を読んだ。あいかわらず、読みながら、新たな読書のつぼが押される。まだ読んでいない角田光代の『対岸の彼女』を読もうとか、前から欲しかった保坂和志の『試行錯誤に漂う』を買おうと思って、ネットで買った。

 

つぼといえば、あいかわらず、体が痛い。座っていると腰が特に辛い。月曜日に、ばあちゃんちに行く予定で、その時に、昔、お気に入りだった整体師に連絡しようかなとも思ってる。

 

仕事終わりには、久々に、会社の同僚と食事をした。つぼ繋がりで、つぼ八に行った。なぜにそんなにモチベーションを維持できるのかを同僚に訊くと、自分がモチベーションが高い時と低い時は、どういう時かを考えて、低い時の項目を減らすように努力すれば、自ずから高くなります、と言っていた。感心した。私は、ここのところモチベーションが高いとか低いとか意識しないで働いて、ほぼ一定だけど、やっぱりなんとなく、調子が出ないというときもあって、自分がどんな状況で、どう反応するかを理解するのは良いかもしれないと思った。

 

仕事といえば、先日、私は想像力が足りないなと反省した。本を読んでるのに、こういう時に、人の気持ちを想像できないなんて、本を読んでいるのが活きていないなと思った。人の気持ちを想像できるようになるために本を読んでいるわけではないが、人の気持ちを想像できるようにはなりたい。昔のことを思い出した。ばあちゃんは、私に、あれを食べろ、これを食べろと、喜んでもらうためかはわからないが、食べ物を通して、愛情を表現していたのか、そこまでは考えていなかったかもしれないが、兎に角、この方は、晩ご飯を用意していた可能性があって、私は、そんな簡単なことに想いを馳せることができなかったと、謝りたい気持ちになった。もっと人の気持ちに想いを馳せる習慣を身につけたいと思った。

 

仕事を終え、自宅に帰って来て、外で煙草を吸っていると、森の中から獣、おそらくは鹿であろう呻き声のような、悲痛な鳴き声が闇夜に響いた。 

 

読書の日記

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