北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

読むのがやめれなくて、気づけば深夜1時30分

今年、読んだ小説の中でも1番か2番ではないだろうか。

 

現に、小説の終わりが見えたところで、読むのをやめられなくなり、気づけば、深夜1時30分。

 

いつもなら、とうに夢の中なのにもかかわらず、興奮が覚めやらず、こうしてブログを書くことにした。

 

そういえば、全く関係ないが、居間に飾ってたツルウメモドキは、飾った翌日にバランスを崩して倒れ、花瓶が割れた。今は、玄関のバケツの中に入っている。

 

で、その小説とは、藤岡陽子「手のひらの音符」。

手のひらの音符 (新潮文庫)

手のひらの音符 (新潮文庫)

 

服飾デザイナーの女性が働いていた会社が、服飾部門から撤退することになり、45歳にして、転職活動をする。そんな時、高校の同級生から、恩師が病気だという連絡が入る。東京から故郷の京都へ帰省する中で、蘇る子供の頃の記憶。その子供の頃の記憶の挿入加減が絶妙。小説を読みながら、自分の子どもの頃の記憶も蘇った。

 

初めてできた友達。その友達の転校。孤独の時間。記憶とともに、書きかけの小説のアイデアも浮かぶ。ここのところ書いている「旅する手紙」とは別の「パンダちゃん」という小説。数年前に、フリースタイルライフというWEBマガジンで書かせていただいた。

 

PANDACHAN パンダチャン by 楽雲庵塾塾長 /フリースタイルライフ 〜自由型の人のためのWEB発信レーベル >>君も自由型でいかない?? 随時仲間募集中。

 

また、いつかこの続きも書こうと思っている。

 

手のひらの音符の物語のあと、この女性は、どう生きたか気になって、眠れない。いや、もう2時だから寝る。布団の中で想像する。