北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

短気は損気

仕事を終え、会社の玄関で、乱雑に履き散らかしてあったいくつもの靴を並べている女性がいた。

 

「そういう行動が、心揺さぶられるんだよね」と私は声をかけた。

 

「ちょっとやってみようかと思っただけです」と、照れながら謙遜した。

 

「おつかれさまでした」と玄関を出た私は、ああいうのが大事なんだよなあ、とつらつらと考えながら、車に乗った。

 

たまあに、褒めて、褒めてと、オーラを発している人と出会うと、私は、げんなりする。しあわせの条件のひとつは、誰かに認められることだから、褒めることも大事なんだろうなあとは思うけど、ついつい、うざったいと思ってしまう。

 

人は見ていないようで見ている。見ようとしていなくても目につく。いや、見ていないけど、その人の発言で、なんとなく、普段の行動がわかる。

 

そんなことを考えていると、自分も大したことはない、と我が振り直す。

 

最近の自分自身に言い聞かせているのは、短気は損気。

 

怒る時に、怒らないといけないと思いながらも、怒りに心を晒していると、どうも私自身も調子が悪くなる。よって、なるべく、怒らないでおこうと、最近、言い聞かせている。怒るのもめんどくさいし。

 

穏やかに過ごしたいが口癖。