北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

自分が変わる読書術

読書術の本を読んだことは、この本が初めて。サブタイトルの、自分が変わる読書術というのに、惹かれて、読んでみた。 

 

 
本がぼくを助けてくれるわけではない

本がぼくを助けてくれるわけではない。助けるのはぼく自身だ。本はヒントを与えてくれるだけ。でもそのヒントが、涙が出るほどうれしいことがある。 「本を読むということ」永江朗

社会人になりたての頃、仕事が辛くてどうしようもなくて、本に答えを求めた時期がある。自己啓発本とかビジネス本を読んで、なんか自分もできるような気がして、気持ちが少し楽になるんだけど、会社に行ったら、やっぱり辛くて、という日々を送った。だから、著者のように、私も本は助けてくれるわけではないと思う。ただ、助言をくれる。本は人と同じ。

 
自分を知る 

他者を知り、世界を知ることは、自分を知ることだ。・・・本は鏡のようなものだ。本があることで自分がわかる。「本を読むということ」永江朗

本との出会いは、人との出会いに、ほぼ等しい。嫌いな人と出会うと、嫌いな人が鏡となり、自分のことがわかる。ん?本は嫌いだと、その時点で強制終了だな。

 

 3回読む 

自分のなかでもうひとつの本をつくるように、3回目の読書をする。本を読みながら、別の本を考えている。ひとつの本から別の新しい本が生まれる。「本を読むということ」永江朗

本は、1回読んだら、大抵、2回目は読まない。2回読むのは、相当、好きな本。だけど、この本の著者は、3回読むと書いてある。その考え方がおもしろい。

 

ちょっとだけ読む

せっかく買った本も、最初の数ページ読んで引き込まれなかったら読むのをやめる。読む時期じゃないのかもしれないな、と思う。この本には、本のなかで、いちばんよいところが詰まっているのは最初のところにある。なぜなら、本は最初から読んで行くから、書き手も編集者も、一番、力をいれるそうだ。最初におもしろさを感じなければ、あとからどんどんおもしろくなるということは大体ないという。