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どんまい

いろいろあるけれど、それでいい

その延長線上に、平和があるような気がした。

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今回のタイ旅行には通訳がついていた。その通訳の何人かは、今現在、大学で日本語を専攻している学生もいた。

 

私は、数ある言語の中から、日本語を選択したのは、なぜか気になったので、一人の学生に理由を聞いた。

 

すると、一人の学生が「親切な日本人と出会って、日本語を勉強しようと思った」と教えてくれた。

 

素敵な話だなと思った。自分も、そんな日本人でありたいと思った。いや外国人だから優しくするのではなく、日々、出会う人達に、優しい人でありたいと思った。

 

どこの会社にも合わない人、嫌な奴はいて、そんな人に気持ちを掻き回されて、仕事自体がつまらないものになる時もあるけれど、これは、野球でいうところの、一番バッターに掻き回されているのと同じで、いろいろ仕掛けてくる一番バッターに対して、掻き回されると、全くもって、試合にならない。嫌な気持ちになるようなことをされたら、お前は一番バッターかよ、と、心の中で呟き、適当に流すことも覚えよう。

 

今回の日程は、自由な時間も結構あって、通訳を伴わないで、一人でぷらぷらと散歩を繰り返した。

 

すると、話しかけてくれる人も結構いて、言葉がタイ語だから全くわからなくて、話ができればもっと仲良くなれるのにな、と、もどかしい想いをした。確かに、言葉が通じなくても、一緒にスポーツをしたり、遊んだりして、仲良くなれるけれど、その人のことをもっと知るためには、言葉が必要で、言葉ではなくても、言葉の代わりとなるようなものが必要だと思う。

 

言葉のやりとりは、こんにちは、ありがとう、おいしかったですくらいだったけれど、出会った、タイの人達が、温かいのは、所作なのどから、十分に伝わって、タイのことは全然、知らなかったけれど、タイのことをもっと知りたいと思った。日本に帰ったら、タイの歴史のこと、タイの人達が大切にしている王室のことなどを勉強しようと思った。一人との出会いから、もっとその人のことを知りたいと思うようになり、その人の国のことを知りたくなり、その延長線上に、世界の平和があるような気がした。