どんまい

いろいろあるけれど、それでいい

親父祭 後編


テーブルに一家6人が囲んだところで、俺は口を開く。

「今日は、オトウが主人公であります。還暦祝いという名前にしようと思ったけど、オカアから還暦祝いは早死にするからお疲れさん会にしてくれとクレームがありました。お疲れさん会というのもなんだから、検討した結果、今日は親父祭になりました」

みんなは微笑みながら俺を見る。俺は続けた。

「思い返してみれば、今日という日まで、オトウをお祝いした記憶がまったくございません。今日は、思う存分、楽しんでいただければと思います。乾杯!」

「乾杯!」

みんなは勢いよく、コップを合わせ音を鳴らした。

「申し訳ありませんが、今日は赤いちゃんちゃんこを用意していません」と言う俺に、
親父が、「それはやめてください」と答える。

「え?なんで?」虚をつかれ、俺は質問を続ける。

「照れくさい。その代わり、赤い服を中に着てきた」と親父は照れながら答える。

気づかなかったが、服の中に着ているハイネックは赤だった。
照れくさいってのは、わかるわ。やっている俺が照れくさい、と心の中で頷く。


これでもか、これでもかと出てくる料理を、
「もうくえねえ」と食し、宴は終わった。
宴が終わったと思いきや、これから、最大の見せ場が待ちかまえる。

部屋に戻り、横になる父と母。
俺も布団の上で横になりながら、隣の部屋でくつろぐ妹にメールを送った。

「さつきの風呂が終わって、準備ができたらメールをくれ」

「わかった」とすぐ返信がくる。
携帯電話が普及し、サプライズがしやすくなったと思いながら、
ダラダラとテレビにうつる野球中継を眺めた。

30分程たち、妹から「準備ができた」とメールが来る。
うっし、それじゃあ始めるかと思ったのと同時に、
「ちょっと喫茶店に二人で行ってくる」と父と母が立ち上がり、部屋を出た。

「ああ、行っておいで」とぶっきらぼうに答えたが、
妹とあっちまうんじゃないかと心の中で慌てた。
父と母が部屋から出たのを確認し、俺もすばやく立ち上がり、走って、隣の部屋に入った。

「今、二人で喫茶店に行った。これからが最大の見せ場になるからな」と俺はにやける。
妹夫婦もにやける。

妹の旦那が、「ちょうどよくない?」と言い、
俺もちょっと考えて、「確かに、確かに、ちょうど良いな」と冷蔵庫のケーキに手をかける。
慌てているもんだから、何度も、ケーキに指を突っ込みながら、
父と母が戻ってくる部屋にケーキを運んだ。

急いで、布団をめくり、部屋を片付けた。
偵察隊に行っている妹の旦那が、「戻ってきた!」と勢いよく部屋に入ってくる。
俺は、「あっちい、あっちい」と慌ててろうそくに火を灯し、部屋の電気を消した。

閉まっている戸を開き、驚いた表情で入ってきたのは母。
「早く、中に入れ」と目で合図を送る。
父が部屋に入ってきたと同時に、俺は歌を唄う。

やっぱり照れくさいのか、なかなかケーキの前に行かない父に、
俺は、ケーキの前へどうぞと歌いながら身振りで教えた。
父は、ケーキの前に座り、勢いよくろうそくの火を消した。

「続きまして、花束贈呈です」と勢いよく言う俺。
妹は「長生きしてね」と言いながら、真っ赤な花束を父に渡した。

「続きまして、記念品の贈呈です」と俺は、袋を父に渡す。
なかなか中を見ない父に、「中を見てみて」と俺が言う。

「これから、さつきの成長の記録を見るために、デジタルフォトフレームにした」

「なんか、開けた形跡がないか?」

「そう、俺が先に開けちゃった。使い方を見せるために、あらかじめ作品を中に入れてきた。準備するから待ってて」


俺から家族全員に送る作品。
もちろん、俺しか、見ていない。

フォトフレームから流れるオルゴールの音。
「何か、結婚式みたい」と呟く妹。
写真が、一枚、一枚、自動で移り変わり、
ところどころで、言葉が画面に流れる。


みんなで俺の作品を見終わり、
母が「次は何が出てくるの?」と俺に訊く。
「もう、ねえよ」と俺は笑いながら答える。

妹が「さつきの一歳の誕生日も楽しみだねえ」と娘に語りかける。
「それも、ねえ」と俺は苦笑いを浮かべる。



親父祭。
家族が喜ぶのを、傍らから見て俺も喜ぼうと思っていたけれど、
そんな余裕もなければ、照れくさくて、家族の顔をあんまり見ずに過ごした。

ただ、帰り際の父が言った「ありがとう」という言葉。
帰り際の母が言った「ああ、もう終わっちゃう」と嘆く声を訊きながら、
楽しんでくれたみたいだなってわかって、
俺もひそかに喜んだんだ。



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