玄関に、花が飾られていることに気がついた。
名を知っている花は数少ないが、
それがカーネーションだということはすぐにわかった。
5月8日。母の日の前日の土曜日、俺は実家に帰った。
大抵、実家に帰るのは夜か、もしくは夜中で、
その日も夜の9時をまわっていた。
そっと奥の部屋をのぞいてから、茶の間に座る。
茶の間にいた親父とかあちゃんと俺の三人で一言、二言、話しをしていたら、
奥の部屋から、妹が眠そうな顔で起きてきた。
眠っている娘を抱えて。
5月、妹に子どもが生まれた。
初めての子どもだった。
「首がすわってないからね、首を支えながら抱くのよ」
慣れない手つきの俺にむかって母がそう言った。
妹の娘は、すやすやと俺の腕の中でも眠る。
神棚には、命名「瑳月」と毛筆の字で書かれた紙がさげられていた。
「さつき」と呼ぶ。
「なんで、あの字にした?見たことねぇぞ」
「名前の本を見ながら決めた」妹はそう答えた。
”瑳”には、歯をのぞかせて笑うという意味があるらしい。
土曜日、日曜日と二日間、ずっと、さつきを抱いて過ごした。
ただ、眠っているだけ。
時々、半開きで目を開くが、眠気に勝てず、すぐ目をつむる。
俺は、「イエーイ、イエーイ」と言いながら、ゆらゆら揺する。
そして、妹に見つからないように、顔を近づける。
何て良い匂いがするんだ。
5月9日、母の日。
どれくらい経つのだろう。
家族4人が揃って食卓を囲むのは、どれくらいぶりなのだろう。
おそらく家族の誰もが、そのことに気づいていただろうが、誰もそこには触れなかった。
さつきよ。
いっぱい、一緒に笑おうな。
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