研修は、滞りなく終了した。
結局、寂しそうにしていた子に、
声をかける機会は、みつからないままに終わった。
研修が終わって、その足で実家に帰り、
茶の間で、ごろんと横になりながら、
その子のことを考えていた。
高校の時も、クラスに一人は、そんな人がいたなぁ。
顔は覚えているけれど、名前は思い出せそうにない。
今、どんな生活を送っているのだろうか。
あの子は、山口県っていってたから、
もう会う機会はないかもしれないけれど、
声をかけたかったなぁ。
いや、寂しそうにしているから、
声をかけるっていうのが、
そもそも失礼なんじゃないのか?
話しかけたい動機が不純か?
いや、人の心がわかるわけじゃないよな。
気になったから、話かけた、それで良くないか?
いや、優しい人になりたいっていう単なる俺の自己満足か?
頭の中は、グルグルと回る。
皮肉にも、今日は、ひさびさに会った家族と、
回転寿司でも食おうかって話になっていて、
親父と母は、出かける準備を始めてせわしなくなってきた。
まぁ、なんにせよ、話したかった自分がそこにいて、
その話は、ただのたわいもない話だったわけで、
なんなら、研修に参加した時にもらった住所録があったから、
手紙を出してみようかと思った。
母が「食べに行かないのかい?行くなら、そろそろ用意しないと」と、
ごろんと横になっていた俺をせかした。
「あぁ、行く」と素っ気なく返事をした時、
携帯電話の着信音が鳴った。
着信は、登録していない携帯電話の番号だった。
直感的に、研修の時に出逢った誰かだと思った。
「どうも、塾長。今、山口県に来て飲んでるんすよ〜。ヒロさんとユキさんって覚えてますか?3人で飲んでるんです。塾長と話がしたいっていうから電話をしました」
鳥取から研修に参加していた男からの電話だった。
研修が終了したのが、昨日なのに、早くも会って飲んでいた。
「覚えてますよ、頭に団子がついていた子と髪が長かった子ですよね」
「そうです。今、代わりますね」
「どうも、塾長〜。ヒロです。覚えてますか?」
「覚えてますよ。頭に団子がついていた人でしょ?」
「そうです、そうです、キャハハハハ」
電話の向こうは、愉快に飲んでいるが、
まだ、準備をしない息子に向けた母の視線は厳しかった。
準備もしていないのに、電話か、早くしてくれという
母の心の声が聞こえてきそうだ。
母の視線は気になりながらも、
俺は、嬉しくて、声が自然と大きくなった。
なぜなら、3人で飲んでいる一人の子が、
声をかけたかった子だったから。
声をかけるべきだったとか、
手紙を出すのはどうしようかと考えているところに、
願ってもない電話。
「どうも、髪が長いユキです」
酒が入っているせいなのか、声は明るかった。
いや、見た目で判断していただけなのか。
そんなことは、さておき、話ができることが嬉しかった。
「話してみたいと思っていながら、研修が終わっちゃって、手紙でも書こうと思っていたところだったんですよ。今日も、これから出かけないと行けないから、ゆっくりも話せないんですけどね」
母の無言のプレッシャーもあり、
本当に短い時間で、電話は切ったんだけど、
家族と回転寿司を食べた後、
俺は、今、たわいもない内容の手紙を書いている。
※今回の話はフィクションです。
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