どんまい

いろいろあるけれど、それでいい

強く優しくなりたくて(2)

研修は、滞りなく終了した。


結局、寂しそうにしていた子に、
声をかける機会は、みつからないままに終わった。

研修が終わって、その足で実家に帰り、
茶の間で、ごろんと横になりながら、
その子のことを考えていた。


高校の時も、クラスに一人は、そんな人がいたなぁ。
顔は覚えているけれど、名前は思い出せそうにない。
今、どんな生活を送っているのだろうか。

あの子は、山口県っていってたから、
もう会う機会はないかもしれないけれど、
声をかけたかったなぁ。

いや、寂しそうにしているから、
声をかけるっていうのが、
そもそも失礼なんじゃないのか?
話しかけたい動機が不純か?

いや、人の心がわかるわけじゃないよな。
気になったから、話かけた、それで良くないか?

いや、優しい人になりたいっていう単なる俺の自己満足か?

頭の中は、グルグルと回る。
皮肉にも、今日は、ひさびさに会った家族と、
回転寿司でも食おうかって話になっていて、
親父と母は、出かける準備を始めてせわしなくなってきた。


まぁ、なんにせよ、話したかった自分がそこにいて、
その話は、ただのたわいもない話だったわけで、
なんなら、研修に参加した時にもらった住所録があったから、
手紙を出してみようかと思った。


母が「食べに行かないのかい?行くなら、そろそろ用意しないと」と、
ごろんと横になっていた俺をせかした。

「あぁ、行く」と素っ気なく返事をした時、
携帯電話の着信音が鳴った。


着信は、登録していない携帯電話の番号だった。
直感的に、研修の時に出逢った誰かだと思った。


「どうも、塾長。今、山口県に来て飲んでるんすよ〜。ヒロさんとユキさんって覚えてますか?3人で飲んでるんです。塾長と話がしたいっていうから電話をしました」

鳥取から研修に参加していた男からの電話だった。
研修が終了したのが、昨日なのに、早くも会って飲んでいた。

「覚えてますよ、頭に団子がついていた子と髪が長かった子ですよね」

「そうです。今、代わりますね」

「どうも、塾長〜。ヒロです。覚えてますか?」

「覚えてますよ。頭に団子がついていた人でしょ?」

「そうです、そうです、キャハハハハ」

電話の向こうは、愉快に飲んでいるが、
まだ、準備をしない息子に向けた母の視線は厳しかった。
準備もしていないのに、電話か、早くしてくれという
母の心の声が聞こえてきそうだ。

母の視線は気になりながらも、
俺は、嬉しくて、声が自然と大きくなった。

なぜなら、3人で飲んでいる一人の子が、
声をかけたかった子だったから。

声をかけるべきだったとか、
手紙を出すのはどうしようかと考えているところに、
願ってもない電話。


「どうも、髪が長いユキです」

酒が入っているせいなのか、声は明るかった。
いや、見た目で判断していただけなのか。
そんなことは、さておき、話ができることが嬉しかった。

「話してみたいと思っていながら、研修が終わっちゃって、手紙でも書こうと思っていたところだったんですよ。今日も、これから出かけないと行けないから、ゆっくりも話せないんですけどね」


母の無言のプレッシャーもあり、
本当に短い時間で、電話は切ったんだけど、
家族と回転寿司を食べた後、
俺は、今、たわいもない内容の手紙を書いている。



※今回の話はフィクションです。



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