北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

いただきます

これから「故郷」をテーマにした作品を創るんだけど、
どうせなら北海道のことをもっと知ってから、創ってみたいなと思うのもあるし、
北海道を知る過程で、インスピレーションが沸くかも知れないなと思いたち、
まずは、北海道の先住民族であるアイヌ民族について調べることにした。

北海道の東のほう、地図で見れば、右の方に阿寒湖って湖があるんだけど、
その湖の畔(ほとり)に「アイヌコタン」という場所がある。
そういうわけで、以前から行ってみたかった「アイヌコタン」に俺は向かった。

アイヌコタンには、木彫りの店が何軒も連なっていた。
俺は、彫刻のことは、よくわからないけれど、その一軒の店の彫刻が、
「すげぇ、この人の表情がなんか良いなぁ。体の幾つもの荒い線と顔の緻密さが一緒にあるのが良いなぁ」って、
まじまじと観て思い、思ったから、店の人に、
「俺、彫刻のことよくわかりませんが、すごいって思います」って、
感想を言って帰ってきた。

その店には、もう一つ、響いたものがあって、
それは、その店に飾られていた色紙。
北海道の脚本家である倉本聡の言葉。
倉本聡は、「北の国から」の脚本家。


「創るということは遊ぶと言うこと
 創るということは狂うと言うこと」


木彫りの店が一番多かったんだけど、
アイヌ文様の服や布や鉢巻きもあって、
俺は、アイヌ文様から、アイヌ民族に興味を持ち始めたから、
これまた、まじまじと眺め、「この服良いなぁ、欲しいなぁ」って値段をみてみたら、
とても買うことができる額ではなく、店から店を観てまわったにとどまった。

アイヌ文様に興味を持ち、その時も、アイヌ民族についてちょっとだけ調べた。

自分達が生きていくために、必要な分だけ、生き物の命を頂戴するっていう考え方。
その心を知り、さらに興味がわいた。


最近、「いただきます」ってのは、
この心と同じところから来てるんじゃないのかって、ふと思うことがあって、
申し訳ない、命を頂戴しますってことだな。いただきますって言う時、手を合わせるのも、あれは仏様に対する合掌と同じ意味合いなんだろうって、
一人、頭の中で、いただきますの語源の説を考えていた。

アイヌコタンに行って、再び、その語源が気になりだしたものだから、
その後、図書館に行って、調べてみることにした。
「いただきます」の語源。



いただ・く【頂く・頂く】

本来は、頂上に載せる意の普通語であったが、上位者から物をもらう時、同様の動作をしたところから、中世以降、もらう意の謙譲用法が確立した。また、上位者からもらった物を飲食するところから、飲食する意の謙譲用法が生じ、さらに丁寧用法も派生した。

[日本語語源大辞典:小学館


なに?違うのかぁ?
その命に対してじゃないのか?

辞典を読み進めるが、俺の説は載っていなかった。
今度、辞典を書いている人にあったら、俺の説を説明することにしよう。




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