北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

三月の憂鬱

数年前に、下の歯の親知らずを抜いた。
あまりにも、頑丈にできていた親知らずは、抜いている途中に、まっぷたつに割れた。

まっぷたつに割れたのもさることながら、その後の痛みが半端ない。
痛すぎるものだから、歯を抜いた跡を確かめずにはいられない。

俺は鏡で、確かめてみた。
「何か、白いものが見えるな、もしや、歯が残っちゃってるのか?」と思ったけれども、よくよく見ると、歯じゃない。
歯以外の白いもの。骨。

あの時、もう、こんな想いはするものかと誓った。
こんな痛みは、もう勘弁だと思った。

が、しかし、俺は、同じ過ちを犯す。
愚かすぎる。

逆側の親知らずが虫歯。
明日、その山場を迎える。
憂鬱。

ただでなくても、三月は別れの月で、憂鬱なんだ。
そこにもってきて、なぜ、明日、俺は歯医者の予約をしたのだろう。
阿呆だ。


俺の阿呆さ加減はさておき、今年も別れの月を迎え、数人の人と別れる。
今年、別れが惜しいと思う人は、年下の人が多い。
どの人も、「すげぇな」って、思う一面を持っている。

めんどくさいことも、嫌な顔をしなかった人。
猛烈に優しい人。
進んで人の手伝いをする人。

中学や高校の時は、「なめられちゃあいけねぇ」という気持ちが全面に出ていて、
年下には、負けられんという気持ちが強かった。
だから、すごいと認める心なんて、さらさらなかった。

だけれど、今は、年下であろうが関係ない。
すごい奴はすごいと素直に思える。
だから、別れが惜しい。


出逢えたことに感謝します。