北の凡

いろいろあるけれど、それでいい

宗教について考える

宗教とか信者という響きに、
何かマイナスなイメージを抱くようになったのは、
いつからだろうか?


20代そこそこの頃、仏教の国、インドに俺は一人旅をした。
そして、その旅で、インド人から、「神様はどこにいると思う?」と聞かれた。

俺は、「神様はいない」。
そう答えた。

死んだら、無になるだけだろ?
ただたまたま、ラッキーなことに、この世に生を授かり、
ただたまたま、種の保存に参加している。

なぜ、神が人間なんだ?
人間が創造したからだろう?

死んだら、無になるだけだから、
生き返りもしないと思っているから、
この命を燃やしつくそうと、今を生きる。
俺の行動の源には、この思想が流れている。


ただね。
友達が入院して何もできなかった時、
もう祈るしかなかった。
神様に祈るしかなかった。

大切な人が死んだ時、
死んだら、無になるって思っているのに、
天国があれば、いいなあって思った。
また、会いたいなあと思った。


人間の力を超越している死や自然の力を前にした時に、
宗教が必要だったのかもしれん。
何か超越した存在が必要だったのかもしれん。


そのインド人、
「神様がいるとしたら、どこにいる?」って、
さらに質問をしてきたから、
俺はこう答えた。


「いるとしたら、俺の心の中にいる」。