どんまい

いろいろあるけれど、それでいい

自己肯定感

自分の嫌いなところを言ってください。

 

職場の飲み会で出た話題。質問をした人は研修で自己理解について学んだらしい。

 

私は、考えあぐね、ありません、と応えた。

 

周りは、え?という顔になった。いや、実際に声に出したものもいたかもしれない。苦手なことは頭の中に浮かぶけど、嫌いなところかと訊かれれば、それは苦手であって、嫌いではない。なんか自分好きみたいだな、と思ったけど、ないものはない。

 

次にすすめないので、いいから出してください、とさらに言うので、強いて言えば、諦めるところかなあと応えた。研修では、5つあげたらしい。5つもないでしょ。苦手なところならあるかもしれないけど。

 

それを訊き、周りの人は、マイナスをプラスに変え、言葉をかける、というワーク。自己理解というか、自己肯定感を高める研修なのだろうか、と思った。

 

自己肯定感。最近、よく耳にする言葉。知らんわ、と正直、思うが、確かに、褒めて欲しいというオーラを出している人は、自己肯定感が低いのかもしれない。

 

というようなことを思い出しながら、評価は高くなればなるほど、落ちた時に、怪我だったり、骨折だったり、死亡したりするな。そう考えると、評価が高くても、いや、いや、とんでもございません、と低姿勢になれるかもしれないとか頭の中に浮かんできたが、評価が高くなることはないから、取り越し苦労だな、とそんなことを考えた。

 

セルフネグレクト

寝ていると、髪を触られた感覚があって、枕元を見ると、猫がいた。最近、知ったのだが、私は、横向きで寝ていることが多く、横向きで寝ていると、猫は、背中を、トン、トン、と触り、布団に入ってくる。仰向けで寝ていると、髪を触るらしい。猫が入れるように布団を開けると、猫が布団の中に入ってきた。

 

昼に、やきっぺ2袋を食べて、鍼へ。最近、特に腰が痛い。腰いてえ、と自然と口から漏れてしまう。坐骨神経痛もある。別の店にも行ってみたけど、やはり、この店が、良いなと再確認した。体にはテーピング。

 

自宅に戻って読書。石川瞭子『セルフネグレクトと父親』を読む。ネグレクトは育児放棄だけど、セルフネグレクトって何?自己放棄?ひきこもり?

 

ネットで調べると、生活環境や栄養状態が悪化しているのに、それを改善しようという気力を失い、周囲に助けを求めない状態を指すとある。

 

本著のまえがきに、父親のセルフネグレクトに焦点を当て、子どもを守り、母親を守り、父親が加害者になることを防ぐために、社会福祉は何をしなければならないのかを論じる、とある。

 

読んでいくと、具体的なケースが書かれていて、状況を想像しやすい。自然と、その人の気持ちになって考えられるようになってくる。

 

 

夜は、たまたまつけていたSWITCHインタビュー達人達を見る。山下洋輔養老孟司の回だったんだけど、その2人が素敵だった。余裕があるというか、地に足がついているというか、いろいろ経験して、今の言葉があるというか、素敵だなあと思った。たまたまだけど、見て良かった。

 

断食

水だけ断食をしたという人の話を訊いた。

 

水だけで7日間、断食をするらしい。感覚が過敏というか敏感になるらしい。

 

なぜ昔の人は、断食を始めたのだろうか?

 

やってみたいと思ったけれど、そもそも7日間休みを取ることができないし、仮に7日間休みを取れたら、断食よりも、海外に旅行に行きたいとか思いながら、断食、北海道と検索をしてみる。

 

やっぱり断食するなら寺だよねと思う。雰囲気が出る。修行的なことをやりたい。

 

断食の話を聞く前に、プチ断食ダイエットというフレーズをネットだったか、本屋で目にして、どんなダイエットなんだろう?やってみようかな、と思った。

 

ここ何年もダイエットをしたいと思って、試みて、3kgくらい痩せて、あっとう間に戻った。

 

今年こそは、今年こそはと思いながら1月がもう終わろうとしている。

4番サード原に憧れて

好きなプロ野球選手は誰ですか?と訊かれれば、松井秀喜です。と、即答する。

 

ただ、私がプロ野球選手になりたい、と子どもの頃に憧れたヒーローは、原辰徳だった、と中溝康隆『原辰徳に憧れて』を読みながら思い出した。

 

私の野球人生を振り返ると、4番サード、原に憧れて、4番サードを目指しつづけた野球人生だった、と言っても過言ではない。

 

中学の頃は、原と同じ背番号「8」を獲得したものの、背番号「8」は、センターのポジション番号であり、背番号「8」にこだわりはなく、アナウンスで流れる「4番、サ〜ド〜、はら〜」に憧れていたのだ。

 

結局、中学の頃は、サードのポジションを守ることもなく、サードをやりたいです、と口に出すこともなく、胸に秘め、高校に進学。

 

高校の野球部に入部してすぐの頃は、セカンドでスタートするが、4番サードへの挑戦は最後になると思った私は、猛烈に、サードを希望。いや、熱望。

 

高校2年で、サードのポジションをようやく奪取し、次に目指すは、4番の座。4番サードがセットになっていなければ、目標は達成されない。

 

旭川スタルヒン球場で、バッターボックスに立つ前に流れる「4番、サ〜ド〜」を聞きたい。そんな一心で、野球に打ち込む。

 

3年生たちが引退し、最上級生になった私は、やっとというか、4番の座に君臨し、「4番サ〜ド〜」をアナウンスで聞くことができる。

 

4番へのあまりのこだわりから、試合中、バントのサインを出した監督に、なぜ、4番にバンドなんですか、と、試合後、口走ってしまい、それ以降、4番の座には戻れなかったような気がする。

 

もしかしたら、原がバントをした姿と重なってしまったのかもしれない。

 

 

 

谷崎由依『囚われの島』を読み終わった。

 

一言で言えば、読み応えがあっておもしろかった。

 

蚕が一つのキーワードで、蚕って知っているようで知らないなあ、と思って、YouTubeで蚕の動画を見た。

 

成虫になると蛾になるということを知り、ちょっと苦手だなあ、と思った。ウィキペディアを読むと、蛾になっても飛ぶことができないらしい。初めて知ることばかり。

 

養蚕業は、日本の主要産業であったが、世界恐慌以降に海外市場の喪失、代替品の普及で衰退していったとある。谷崎由依『囚われの島』にも、そのような場面があった。

 

明治時代以降に、養蚕業、絹糸が、外貨獲得の産業として重視され、日本の近代化の礎となったとある。そこまでだったとは。

 

明治以降の皇后は、産業奨励のためを養蚕を行い、現代に至る。確かに、この前、テレビで見た。

 

もともとは中国が発祥で、ヨーロッパの交易ルートを、シルクロードという。シルクロードは、世界史だったかで、重要な用語だったはずで、言葉だけは知っているが、ここでも蚕が関係するのか、と40にして、初めて知った。恥ずかしながら。

 

もう一つのキーワードは視覚障害谷崎由依『囚われの島』には、盲目の調律師が登場する。

 

「正しいか、正しくないか。あるいは存在するかしないか。幸か不幸か、こちらかそちらか。思考が二項対立から成っているのは、人間の目が二つあるからです」「まさか」「そう思われますか?ならば試しに、目を閉じたまま暮らしてみればいい」『囚われの島』p275

 

印象深い一節。

 

もう一度、読んだら、もっと理解できるところがあるだろうなあ、と思うのだけど、次なる一冊へとすすむ。

 

 

貧困の現場から社会を変える

貧困の連鎖という言葉を耳にし、親から子へ貧困が連鎖しないためには、どうしたら良いかを考えていた。

 

教育?そのための学費?将来の進路は、お金だけではなく、生活環境にも影響されるのでは?

 

ある時、子どももそうだけど、親も支える必要があるのではないか、と思うに至った。生活困窮者支援だけではなく、児童虐待防止の観点からも。

 

親自身もなんらかの問題を抱えて大変なのではないか?子どもにとっては、大切な親に変わりはない。いや、そうではない場合もあるか。子どものためにも、親を支えるという考え方。

 

稲葉剛『貧困の現場から社会を変える』を読んでいて、路上生活者のなかにも、知的障害、発達障害精神障害、持病をお持ちのかたがいると書いてあって、そこまで想像できなかったけど、当然、いてもおかしくないというか、もしかしたら、金銭的な支援以外の支援も必要な方といるのではないか?と思った。

 

金銭だけではない、人的サポートが必要な方って出会っていないだけで、いるのではないか?

 

自分の活動領域を自分で狭めないことです。福祉関係者の間では、社会福祉を既存の制度の枠内だけで考えてしまうという傾向が根強くありますが、現代の社会問題は制度と制度の狭間で起こっている問題が多い。そして既存のシステムの隙間や狭間に落ち込んでしまった方々への支援を実際に行おうとするときに、サポートする側が既存の枠組みにとらわれてしまうと、結局何もできないことになってしまいます。だから自分の活動領域を自主規制しないということが非常に重要です。稲葉剛『貧困の現場から社会を変える』p36

 

貧困には、衣食住に困る「絶対的貧困」と、社会全体から見ると、相対的に貧困層に属する「相対的貧困」があるらしい。

 

今、日本の子どもは7人に1人が貧困状態にあると言われている。7人に1人というと、30人を一クラスだとすると4人いることになる。私の子どもの頃はどうだったのだろう?調べると、11%~12%くらいだから、それほど変わらない。

 

何が必要なのだろう?と頭だけで考えていても解決しない。出会わないと。

 

貧困の現場から社会を変える (POSSE叢書)

貧困の現場から社会を変える (POSSE叢書)

  • 作者:稲葉剛
  • 出版社/メーカー: 堀之内出版
  • 発売日: 2016/09/10
  • メディア: 単行本
 

 

問題意識

素直な人が成長すると聞きました、と後輩が言っていて、確かに、人の意見に耳を傾ける人は成長するなあ、と思ったけれど、なんか、すとんと落ちなくて、その話を訊いてから、成長する人は、どんな人かを考えていた。

 

人が成長するのは、いろいろな要因があるだろうし、人によっても違うのだろうけど、私は、問題意識を自分なりに持つことが大事なんじゃないか、と、最近、思っている。

 

こう書いていると、成長云々関係なく、問題意識を持つことが大事だよねって話なんだけど、そう思うに至ったのは、今の若者は優秀だなあ、と思う機会が何度かあって、なぜ優秀と感じるのかを考えていくと、自分なりの問題意識を持っているのが共通していたから。

 

仕事をおもしろくする上でも、自分なりの問題意識を持つことは大事かな、と。ただ、問題意識を持ち、改善したいなあ、と思って提案なんかしても、却下されたりすると、それがストレスになるかもしれない、と昔のことを思い出した。

 

すぐに解決しなくても良いんだよね。問題意識というか興味関心のアンテナが立つだけで。そのアンテナが、時間差で、役に立つ時がある。

 

いや、仕事だけじゃないかもしれない。生活の中にもあてはまるのかもしれない。